2026年8月11日火曜日

なぜ、ますます「留学」が必要なのかーー国境と時を超えた”ギフトの循環”をめざして

 Source:https://news.yahoo.co.jp/expert/articles/3be4b6a3c16db7104e0ba2e29d1bb922881d90bf

ZEN大学教授・副学長/慶應大学名誉教授

  日本から海外への留学生が減っている。日本学生支援機構の調査によると、ピーク

だった2018年度の約11.5万人から2024年度は約9.1万人となった。理由として円安の

進行や日本人が貧しくなったなど、諸説があるが「もはや欧米に学ばなくてもよい」

という意識も影響しているだろう。

 確かにエンジニアリングなど多くの分野では、1970年代までキャッチアップという

意味があった。その実益がなくなると留学しなくてもよい。だが、現実はまた逆転し

つつある。ITやアートなど海外で学ぶべき分野は多々ある。逆にアニメやコンテン

ツ、料理など日本から海外に発信すべき分野も多い。若者や研究者の国際交流の必要

性は増すことこそあれ、減じることはない。

 留学の意義はほかにもある。国や企業など組織を超えた生身の人間同士の交流の場

である。留学生は言葉もままならない「社会的弱者」であり、多くは若い。多感で傷

つきやすい頃に異文化のまっただ中に身を置くと鍛えられる。肌身で異文化の素晴ら

しさ、強さを体感する。その延長線上にビジネスや外交など国や企業の組織的交流が

育っていく。留学は個人にとっても組織、企業、国にとっても海外交流の種まきの場

所なのである。

●留学はギフトの循環の舞台

 筆者は長年「留学生」と関わってきた。最初は43年前、自身の米国留学だった。帰

国後、大学教員として中国や韓国の留学生を受け入れた。やがて息子二人の米国留学

があり、さらに米国からの留学生のホームステイも受け入れた。気がつけば30人以上

の留学に関わってきた。

 非営利活動の世界には「ギフトの循環」という言葉がある。親切、紹介、助言、寄

付といった善意は、受け取ってすぐ相手に返礼できるとは限らない。他の場面で、別

の人や次の世代に渡していく。そうして見知らぬ人への支援が広がる。これが公共財

としてのギフトの循環である。

 留学は、ギフトの循環の最も豊かな形だと思う。「国際親善」や「世界平和」は重

要だが難しく、時に空疎に聞こえる。しかし留学はそれに近づく最も具体的な手段で

はないか。

 留学生の周りでは、ギフトの循環が連鎖的に起こる。言葉も十分に話せない若者

が、先生や級友に助けられ、街の人に案内され、ホストファミリーに普通の暮らしを

見せてもらう。その経験は深く心に残る。やがて何十年もたって、今度は自分が別の

外国人の若者を家に泊め、悩みを聞き、就職を手伝う。留学の本質は、遠い異国の人

から受け取った信頼を、世界のどこかの次の世代へ渡していくことである。

●プリンストン、ディキンソン通り11番地の仲間たち

 もう40年も前、米プリンストン大学への留学時代にはディキンソン通りにある一軒

家を10人で借りて住んでいた。キプロス、ネパール、香港、英国、日本、中国、米国

の学生が集まるインターナショナルハウスである。

 キッチンで、共同の買い出しで、毎日顔を合わせる。やがて本国の政治も国際関係

も、本音で話せる関係になった。そして20年後、そのうちの一人から政治亡命の相談

を受けることにもなった。

 教室で学ぶ国際関係と、キッチンで知る国際関係は違う。国家は時に対立する。し

かし一緒に皿を洗い、下手な英語で夜中まで語り合った相手の国を単なる「相手国」

として見ることはできなくなる。

●ホストファミリーという英知

 大学にはホストファミリー制度があり、毎週のように居間に招かれた。スーパーで

の買い物、庭仕事の手伝い、映画を見る、親戚の集まりにも誘われる。親戚の集まり

ではキッチンに入り込み、寿司を巻いた。親戚一同の歓待の姿に「大草原の小さな

家」のような素朴で“古き良きアメリカ”を感じた。

 米国のホストファミリー制度は、実に深い英知である。若い外国人をいきなり生活

の内側に入れ、普通の暮らしを見せる。2年も暮らすと親米にならないわけがない。

家庭の食卓、キッチン、買い物、親戚の集まりこそ、もう一つの外交の舞台である。

 当時は、米国の小さな大学街にすら「世界はみんな兄弟」を実行しようという気概

があった。それは街の人も含めた共通理念だった。留学生の下手な英語を最後まで聞

く。道に迷えば連れて行く。そうした小さな善意が、国籍や宗教や階層の違いを静か

に溶かしていった。

●中国、留学生の家族を通じた広がり

 中国人は義理人情に厚く、とりわけ「先生」を大事にする。留学生の指導教員にな

ると、自然に親御さんとの付き合いもできる。現地に招かれ、一緒に旅もした。言葉

ができなくても、中国人とは驚くほど阿吽(あうん)の呼吸で通じ合える。一を言う

と十が伝わる。共通の文化、一衣帯水とはこういうことかと実感した。

 一方で、彼らは米国人よりもぐっと踏み込んでくる。仲良くなると決まって、「日

本もいずれ米国依存から脱して、日中でもっといろいろやろうよ」と、冗談とも真剣

ともつかない話をする。そして「いずれというのはもちろん百年単位だ。まずは私のひ孫が日本に行ったらよろしく」と笑う。中国ではギフトは悠久の時間の中で循環する。

 日中に限らず国家間には必ず緊張や利害の対立がある。だが、学生を預かり、親と

話し、ともに旅をする関係は、思い込みや建前を少しずつ崩していく。日中関係は国

家間だけでは育ちにくい。個人の関係から作るのが実は近道かもしれない。

●次の世代へのささやかな恩返し

 知人の子供たちは高校時代から米国に留学した縁を契機に今は現地で暮らす。米国での学生時代、彼らは長期の休みになると、現地の友人の家を転々としていた。時にはその友人を連れ、東京に帰省した。

 私はそうした海外の子供たちのホームステイの相談がくると自分が留学時代に受けたのと同じように、彼らを買い物や仕事先に連れていく。日本人のものの考え方や、「会社」というものの空気を見せるためだ。そんな中から大きくなってから東京に来て就職する若者も出てきた。

●「留学」「ホストファミリー」「ホームステイ」は公共財

 世界には、留学生を支える無数の組織がある。大学の国際センター、同窓会、奨学

金財団、教会、地域団体、ホームステイの家庭。無数のボランティアが空港に迎えに

行き、銀行口座の作り方を教え、病院に付き添い、履歴書を直し、困った時に電話に

出る。

 留学生は日本では30万人、米国では100万人を超える。その背後に多くの教師、友

人、家庭、地域の人々の善意の網の目がある。そこで受けた恩は様々な形で本国や留

学先で循環し、拡大再生産を繰り返す。この循環は市場取引とは異なり返済期限も利

息もない。だからこそ長く続く。


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