Source:https://news.yahoo.co.jp/articles/229de6695e7ad2f766189b1e4faa8da675791a0a
朝日新聞社
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福岡市中央区の川で8月、ネパール人留学生の女性(25)の遺体が見つかった事件で、福岡地検は29日、殺人容疑で県警が逮捕した3人のうち、ネパール国籍で専門学校生の女のタマン・サンズ容疑者(28)=福岡市博多区=を同罪で起訴した。認否は明らかにしていない。
【写真】タマン・サンズ容疑者=9月8日
起訴状によると、タマン容疑者は8月18日午後11時57分~翌午前0時16分ごろ、福岡市中央区のラジバンシ・ラクスミさんの自宅マンションで、ラジバンシさんの頭を鍋で多数回殴り、3階ベランダから自宅前を流れる川に落として溺死(できし)させたとされる。
県警によると、タマン容疑者は被害者の交際相手と同居し、以前は交際もしていたという。県警は交際を巡る三角関係のトラブルが背景にあるのではないかとみている。
タマン容疑者の知人の女性(25)と男性(22)も共謀したとして逮捕されていたが、地検は29日、処分保留で釈放した。理由について「捜査中のため差し控える」としている。(松本江里加)
朝日新聞社
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総務省が29日公表した2025年国勢調査の確定値によると、外国人を含む日本の総人口は25年10月1日時点で1億2297万2528人だった。前回の20年調査から317万3571人(2.5%)減少した。マイナスは15年調査から3回連続。総人口の30.1%を東京と埼玉、千葉、神奈川の4都県が占め、一極集中が進んだ。総人口に占める65歳以上の割合(高齢化率)は29.4%で過去最高を更新した。前回調査より0.9ポイント上昇した。
都道府県別で人口が増加したのは東京だけで、残る46道府県では減少した。
日本人の人口は3.5%減の1億1913万1935人で、10年調査以降4回連続の減少となる。国内に住む外国人は39.8%増の384万39人で過去最多を更新した。国籍別ではベトナムやネパールの増加が目立った。
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福岡市中心部・天神の川で8月、ネパール国籍の女性(25)の遺体が見つかった事件で、福岡地検は29日、殺人罪で、同国籍の専門学校生タマン・サンズ容疑者(28)=福岡市博多区=を起訴した。同容疑者と共謀したとして、殺人の疑いで逮捕されたネパール人の男女2人については同日、処分保留で釈放した。
起訴状によると、8月18日午後11時55分ごろ~同19日午前0時15分ごろ、福岡市のラジバンシ・ラクスミさんの自宅で、ラジバンシさんの頭を鍋で複数回殴って首をロープで絞め、3階のベランダから川に転落させて溺死させたとしている。
県警は今月8日にタマン被告ら3人を逮捕した。
交際関係を巡るトラブルが背景にあったとみられる。
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2025年国勢調査(10月1日時点)の確定人口が29日公表され、仙台市の人口は調査開始の1920年以降初めて減少に転じたことが明らかになった。市は「現段階で減少局面に入ったとは捉えていない」とし、今後の人口動態を注視する構えだ。市はこれまで人口のピークを2028年(110万1000人)と推計し、25年は110万275人に達するとみていた。
男女別は男性が0・38%減の52万9609人、女性が0・26%増の56万6537人。年代別では65歳以上の老年人口が5・09%増の27万319人だったのに対し、15歳未満は9・47%減の11万6474人で、少子高齢化が鮮明となっている。15~64歳の生産年齢人口は横ばいの67万3328人(0・03%増)だった。
5区別では「北減南増」の傾向がうかがえた。宮城野が1・34%減で初めて減少に転じ、泉は2回連続の減少だった。他の3区はいずれも増加している。
仙台市の人口は統計開始以降、増加基調で推移してきた。泉市、宮城町、秋保町の合併を経て政令市に移行した1989年に91万人に達し、99年に100万人を突破した。東日本大震災後は東北各地の被災地から転入が相次ぎ、社会増が続いていた。
市政策企画課の大宮伸吾課長は「状況に変化があるのは事実」とした上で、減少率が0・05%にとどまっている点を重視。「雇用や子育て関連の施策を展開し、人口の動きを見ていきたい」と語った。
(西舘国絵)
■仙台市の人口減少は大正時代の調査開始以来
総務省は29日、2025年国勢調査(10月1日時点)の確定人口を発表した。仙台市の人口は109万6146人(男52万9609人、女56万6537人)で20年の前回調査を558人(0・05%)下回り、1920年の調査開始以来初めて減少に転じた。
5月に公表された速報値では、247人(0・02%)の増加だった。精査した結果、増減が逆転した。
仙台市の5区別は、泉が3・26%減の20万5228人で2回連続減、宮城野は1・34%減の19万4087人で初めて減少した。青葉は1・41%増の31万5983人、若林は1・13%増の14万3067人、太白は1・29%増の23万7781人だった。
宮城県の人口は222万5414人(男108万3029人、女114万2385人)で前回より7万6582人減った。人口減は5回連続で、減少率3・33%は過去最大だった。
年齢別は65歳以上の老齢人口が65万4349人と全体の30・1%を占め、初めて3割を超えた。15~64歳の生産年齢人口は128万9697人(59・2%)、15歳未満の年少人口は23万3011人(10・7%)。
市町村別で、人口が増えたのは富谷市のみで0・11%増。34市町村で減り、減少率上位は蔵王町(12・09%)、気仙沼市(11・53%)、南三陸町(11・35%)、村田町(10・79%)、色麻町(10・69%)。
県内在住の外国人は前回比43・64%増の2万7942人。国籍別は中国が最多の5401人で、ベトナムが4245人で続いた。ネパールが約2・3倍の3440人に達した。
県内の世帯数は前回比2万6241増の100万8764で、初めて100万を超えた。単身世帯の増加が影響したとみられる。
宮城県統計課の片岡典子課長は「仙台市が減少したことを重く受け止めている。さまざまな施策を通じて自然増と社会増をいかに図っていけるかが重要になる」と話した。
(佐々木智也)
河北新報
Source:https://news.yahoo.co.jp/articles/fbef8025c44ff427857ef60029ef48185a294328
ヒマラヤ山脈のネパール側にあるヒムルン・ヒマールで27日、雪崩が発生し、多くの登山関係者が巻き込まれた。救助隊は28日までに4人の遺体を収容した。
27日朝に発生した雪崩は、ネパール・マナン郡に位置するヒムルン・ヒマールのベースキャンプを襲った。12人が行方不明になっているとみられる。
雪崩に巻き込まれたのは、登山者や支援スタッフを含むネパール人グループ。外国人登山者より先に現地入りし、キャンプの設営やロープの設置作業を行っていた。
ネパールと中国・チベットとの国境に位置するヒムルン・ヒマール(標高7126メートル)周辺ではここ数日、大雪が降っていた。
悪天候のため救助活動は難航している。当初はヘリコプターや救助隊が現場にたどりつけない状況だった。
ヒマラヤ・ホリデイズ・トレッキングのビブティ・チャンド・タクール氏はAFP通信に対し、同社の遠征隊の少なくとも8人が行方不明になっているとの報告を受けたと語った。
経験豊富な登山家で構成される救助隊は、ネパールの首都カトマンズからヘリコプターで現地へ急行した。
救助隊を派遣したネパール国立山岳ガイド協会は、27日に2人の遺体が見つかり、28日にさらに2人の遺体が発見されたと、ソーシャルメディアに投稿した。
同協会は、救助隊は生存者の発見を目指して山に入ったと述べた。
「残念ながら、極めて困難な状況の中で大規模な捜索を行った結果、4人の遺体を収容した。一方、ヒムルン・ベースキャンプでは調理スタッフ12人が行方不明のままだ」
さらに、「雪崩は非常に大規模なもので、ベースキャンプ一帯には約4メートルの雪が積もっていた。積雪が深く、気温が氷点下に落ち込み、足場が不安定なため、すべての区域を手作業で捜索することは極めて困難かつ危険だった」と説明した。
同協会は、こうした状況を受けて捜索活動を一時中断したとしつつ、引き続き状況を監視し、「安全が確保され次第、残りの遺体を収容するためにあらゆる努力をする」としている。
ネパールの山岳地域ではここ数日、雨や雪が降り続いている。こうした天候により、同国経済にとって重要な登山観光業は危険な状況に直面している。
今週初めには、世界で8番目に高いマナスル(標高8163メートル)で、雪崩の危険性が高まったため、登山者らが同山からの撤退を余儀なくされた。
約2カ月前には、パキスタンのブロードピークで発生した雪崩で6人が死亡した。犠牲者には、ネパールの著名登山家でイギリスで暮らしていたニルマル・プルジャさん(43)も含まれる。
ネパールと中国・チベットの国境沿いでは、8月26日に大規模な土石流も発生。現在も6000人以上が行方不明で、遺体の収容作業が続いている。
この土石流は、ヒマラヤ山脈で氷河が崩壊したことで発生した。大量の水と土砂はトリシュリ川流域に一気に流れ込み、複数の集落を押し流した。これまでに1400人超の死亡が確認されている。
この1週間、アジアのほかの地域でも危険な気象現象が相次いでいる。
ネパールの隣国インドのウッタルプラデシュ州では、豪雨による洪水や土砂崩れが起き、50人以上が死亡したと現地当局が発表した。
一方、タイ・バンコクでは、24日からの大雨を受け、市内全域に洪水の緊急事態が宣言された。住民は自宅にとどまるか、建物の上層階へ移動するよう呼びかけられている。
先週には、日本の関東地方に強力な台風25号(ドゥージェン)が接近し、各地で土砂崩れや浸水被害が発生。28日時点で死者は14人に上っている。
この台風は、太平洋で相次ぎ発生している暴風雨の一つ。海水温を上昇させ、嵐の発生を促進する「スーパーエルニーニョ現象」によって、その勢力がさらに強まっている。
(英語記事 Four bodies found after avalanche hits Himalayan climbing group)
(c) BBC News
Source:https://news.yahoo.co.jp/articles/2889e82f1c3823a725a8daca87ea4246d98dd7b6
プラヤグラージ、インド、9月29日 (AP) ー インド北部のウッタル・プラデシュ州で連日の大雨と洪水により、少なくとも62人が死亡した。州当局が28日、発表した。
州政府によると、3日間にわたる大雨で複数地区が冠水し、46人が負傷、1000棟以上の家屋が被災した。
州都ラクナウを含む州内の一部地域では28日、学校が休校となったほか、救助隊が被災者を浸水地域から安全な場所へ避難させた。
住民に対しては、水没した地域への不要不急の外出を避け、増水した河川や用水路には近づかないよう呼びかけられている。
地元プラヤグラージの住民は「過去24時間で一気に洪水が広がった。ガンジス川の水位はもっと低かったが、たった1日で大量の水が押し寄せ、住民は不安を募らせている」と語った。
ラクナウ気象センターによると、ベンガル湾上の気象システムが弱まったため、雨は28日以降弱まる見通しだという。
当局によると、洪水は東部オリッサ州にも影響を及ぼしており、7万5000人以上が安全な地域へ避難した。
また、隣国ネパールの防災当局によると、24日から27日にかけての悪天候に伴う災害で21人が死亡した。5人が行方不明、5人が負傷し、洪水や土砂崩れで194棟の家屋が損壊した。
ネパールでは、1400人以上が死亡、約6000人が行方不明となった8月の壊滅的な洪水からの復興が進められている最中だった。
(日本語翻訳・編集)
Source:https://news.yahoo.co.jp/articles/2bda398181ffb884a944f26d770a475db51db9d5
岐阜県下呂市で、「下呂 Art Discovery 2026」が開幕した。14の国と地域から59組の作家が参加し、市内4ヶ所を舞台にする。会期は11月8日まで。
この芸術祭には前身がある。2024年秋に岐阜県で開かれた国民文化祭の主要プログラムとして実施された、「南飛騨Art Discovery」だ。その成功を受けて下呂市内の3地域4エリアに規模を広げ、あらためて立ち上げられたのが本芸術祭となる。
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総合ディレクターは北川フラムが務め、テーマは「アート(芸術)」と「ディスカバリー(再発見)」。温泉に浸かって心身と五感を開放しながら、地域と自分自身を見つめ直すという組み立てだ。
会場はいずれも、下呂の暮らしが積み重なってきた場所にある。旅館が並ぶ下呂温泉街、かつて富山への物資輸送で栄えた萩原商店街、2012年に最後の卒業生を送り出した総ヒノキ造りの旧湯屋小学校、そして苔と水を湛えた南飛騨健康増進センターの森。ひととおり回るうちに、温泉地という呼び名では収まらない下呂の姿が浮き彫りになるだろう。
この国際芸術祭でもっとも大きい会場が、小坂町湯屋の旧湯屋小学校だ。木造校舎で、教室ごとに各作家の作品が展示されている。森林率98%というこの町でかつて盛んだった林業の象徴として、1954年に建てられた築70年近い建物で、玄関には柾目のヒノキ、天井には一枚板が並ぶ。2012年に最後の卒業生を送り出したあと、そのまま役目を終えるはずだった校舎が、会期のあいだだけもう一度「学校」になる。
プロジェクト名は「みんなの学校」。作家は招聘と公募の両方で、公募には地元の女性や中学生も含めて250人以上が応募した。
この会場がある小坂エリアは、標高差2500mほどの地形と豊かな湧水が生んだ渓谷に200以上の滝が流れ落ちることで知られ、天然炭酸泉として希少な湯屋温泉と下島温泉もある。校舎を出たあとの時間まで含めて予定できるのは嬉しい。
ダンボールで出来た熊が、教室の真ん中に立っている。グアリノ アキの《てぶくろ》だ。鴨居によじ登る獣も、奥に控える鳥も、すべてダンボールから作られた。グアリノは富山を拠点に、害獣として殺されてしまう動物を作り続けてきた。いまにも動き出しそうな姿を見ていると、彼らが人間をどんな思いで眺めてきたのかを考えてしまう。タイトルは、落とされた手袋に生き物が次々と入り込んで暮らすウクライナの民話絵本から取られている。
下呂温泉には、傷ついた1羽の白鷺が舞い降りた場所から湯が湧いたという伝説がある。竹中隆雄はその白鷺を、校舎を出ていった子供に見立てた。《雨と風を連れて精霊はやってくる》では、黄色い雨合羽をまとった人影が、階段の吹き抜けを昇っていく。
天井から無数の糸が垂れ、そこに通されたビーズが宙で人のかたちを結んでいる。沼田侑香の《残像のリプレイ》は、見る角度によって像が立ち上がったり散ったりする作品だ。
モデルになったのは、この校舎からいちばん近い小坂小学校の児童で、全校生徒がくじを引き、選ばれた10人がそれぞれ好きなポーズをとった。沼田は普段からアイロンビーズを使っているが、こうした立体は初めての挑戦だといい、一粒ずつ糸に通す作業には地元の人が何十人も朝から晩まで手を貸している。
かつてこの教室にあった記憶と、いま近くの学校に通う子供の姿、そしてそれを並べた人たちの手が、同じ場所で重なっている。
順路の最後、階段を降りようとすると、窓が夕日の色に染まり、雲のかたちをした風船が138個、吹き抜けを埋めた高橋匡太の《雲の故郷へ》が展示されている。高橋にとって、風船はどこへでも自由に行ける存在だという。取材に向かったのは、山を越えた先にあるもうひとつの会場、萩原の商店街だ。そこに暮らす小学生に好きな場所を教えてもらい、地図を作って、実際に風船を持って道を歩いた。歩く様子を記録した映像も展示されている。11月1日には、子供たちが作ったルートを来場者と一緒に歩くワークショップが開かれる予定だ。
下呂温泉街の倉庫にある、弓指寛治の《スモールタウン》の入口には、羽の欠けた蛾が大きく描かれている。
弓指は昨年9月から下呂に通いはじめ、直近の2ヶ月は滞在しながら、50人から60人の下呂市民に話を聞いた。しかし話を聞くだけでは終わらない。温泉街にはスナックが多いので自ら店で働き、旅館で働く技能実習生に会ったときには、自分でもベッドメイキングをやってみたという。
タイトル《スモールタウン》は、下呂で何度も耳にした言葉から採用を決めた。
「僕が下呂に来ていろんな人から聞いてきた言葉なんです。文脈によって違って、サイズが小さいとか、人との関わりが近いとか。いろんな意味で使われていたので、この街にぴったりだなと思って、作品のタイトルにしました」
絵と吹き出しの言葉が壁に並んでいく。登場するのは、魚の養殖場で働く人、ひとりで漁をしながらスナックも経営している若者、山に入って熊を追う猟師、スナックのママ、ネパールから来た移民など8人以上だ。
罠を仕掛けてもそう簡単に獲物はかからない。かかっても食べられる肉とはかぎらないし、毛皮を傷つけずに処理するのは至難だという。実際に猟をする人から聞いた話は、弓指の想像を超えていた。
「僕らみたいな外から来た人間には、この街で生活している人の、仕事の細部なんて何もわからないじゃないですか。だから作品では、『猟師』という肩書きを伝えるだけじゃなくて、その人個人が見えるようにしたいと思っていました」
順路を進んだ地下1階、壁がピンクの部屋には、温泉街でスナックのママをしているレイさんにまつわるストーリーが展示される。絵の中の彼女は、ソファに背を預けて煙草に火をつけようとしていたり、テレビの明かりを受けながら客と話し込んでいたり。営業中の、なんでもない一場面が並ぶ。
壁の吹き出しを追っていくと、レイさんの半生が少しずつ姿を現してくる。彼女がどこで生まれ、何をしてこの街にたどり着き、いまどんな時間を過ごしているのか。 弓指自身、温泉街のスナックで働いてみて実際に見えてきたものがあるという。
「スナックの女の人ってこんな感じなんじゃないの、いろんな男に引っかかって、みたいなことを想像するけど、でもその人には自分で選んできた人生があって。レイさんが何を選んでここにいるのかが、だんだんわかってくると思います」
下呂温泉合掌村の上にある駐車場から見下ろすと、発掘現場がある。台湾のトゥ・ウェイチェンによる《飛騨神話遺跡-両面宿儺 神龍退治》だ。幅12m、奥行き8mの考古坑に、1m四方のグリッドが張られている。掘り方は本物の考古学にきわめて近く、並んでいる道具も実際の作業で使うものだ。
穴に横たわるのは、体長5.5mの巨人と8.5mの龍。巨人には前と後ろの両方に顔があり、腕は4本ある。そのうち2本で、龍の手と足を掴んでいる。モデルとなった「両面宿儺」は日本最古の正史『日本書紀』に記された飛騨の異形で、近年はアニメ『呪術廻戦』を通じて名を知った人が多いかもしれない。では、対戦相手の龍はどんな姿をしていたのか。トゥがサンプルに採ったのは、北海道で出土したカムイサウルス・ジャポニクス、いわゆる「むかわ竜」だった。
世界各地で7つの「遺跡」を作ってきたトゥが、この作品がもっとも特別だと言った理由は、土の色にある。この場所には2色の土があり、龍に近い側は黒土、巨人に近い側は黄土になっている。
「これが、考古学のいちばん魅力的なところだと思っています。掘ってみるまでは、地元の人ですら下に何があるのか知らないんですから」
この作品は、細部まで実際の発掘方法を踏襲している。巨人と龍は3Dプリントしたものを人造石に翻刻したもので、掘り方も本物の発掘に近い。穴の付近に並んでいる道具も、実際の作業で使うものだ。
説明プレートも作品の一部だ。QRコードを読み込むと、偽の報道映像が流れる。公開は開幕の14日前で、動画は5万回再生され、本物だと思った人が大勢いたという。
ここから萩原商店街へ移る。かつてこの町は、塩鰤などの物資を富山へ運ぶ道筋として栄えた。下呂市内に高校は1校しかないが、それがあるのもこのエリアで、保育園から高校までが揃う場所は市内でここだけになる。隔週土曜には天領朝市が立ち、この日は商店街に芸術祭のフラッグが並んでいた。作品は、そうした通りに面した古民家に点在している。
そんな萩原にある諏訪神社は鎌倉時代の創建で、かつて諏訪城が築かれた場所としても知られる。この神社には、諏訪明神の使いとされる片目の蛇の伝説が伝わってきた。
拝殿の床に、銀色の帯が渦を巻いて何段も積み上がっている。スタシス・エイドリゲヴィチウスの《蛇》は、その言い伝えから着想されたもので、とぐろを巻きながら上へ向かうかたちには、人が歩み続ける時間と道のり、そして生命の循環と再生が重ねられている。
商店街の古民家に入ると、和音が鳴り続けている。音の出どころは1階の電子オルガンで、もともとこの建物にあった楽器をイタリアのマッシモ・バルトリーニが作品《祈り》に取り入れた。下段の鍵盤には、飴色のアラバスターを削り出した細長い彫刻が置かれている。その重みで鍵盤が押し下げられたまま、音が途切れない。アラバスターとは、雪花石膏とも呼ばれる半透明の石で、光を含んだように見えるのが特徴だ。
奥のガラスケースには、まだ出番の来ていないアラバスターが控えていた。バルトリーニが用意したのは全部で9つで、1週間ごとに差し替えられるため、色も太さも違う彫刻が押さえる鍵盤を変え、響く和音は毎週入れ替わっていく。
4つ目の会場は、萩原町四美にある南飛騨健康増進センターと、その周囲に広がる森となる。温泉街からも商店街からも離れた山の中にあり、館内の展示を見たあとに森へ出ていく構成になっている。
館内のホールに入ると、村上力の《ここに在る森》が広がっている。老人が腕を組み、少女が立ち、猫を連れた男が歩き、椅子に腰かけた人がこちらを見ている。等身大の像が会場いっぱいに点在しているので、どこまでが作品でどこからが来場者なのか、曖昧になる。
像は粗い麻布でできている。古代から伝わる乾漆技法に近い、村上独自の手法によるもので、布目がそのまま肌になり、遠目には木彫にも土にも見える。モデルはいずれも、村上にとって大切な人たちだという。長年作り続けてきた像をひとつの場に集めることで、この作家が見てきた世界がまるごと立ち上がる。
ホールの中央には、ひときわ大きな胸像が据えられている。ボーダーシャツを着た皺深い顔の男は、画家のパブロ・ピカソだ。その正面で腕を組んでいるのがイサム・ノグチで、ふたりはまっすぐ向かい合っている。少し離れたところには、頭に布を巻いたジョージア・オキーフの姿もあった。美術史に名前を刻んだ人たちが、ここでは絵でも彫刻でもなく、麻布で作られた体でその場に佇んでいる。
館を出て杉林を歩いていくと、わらべ唄が森じゅうに響いていた。音を辿ると、赤いホーンが木から吊り下がっている。マデライン・フリン+ティム・ハンフリーの作品《風をいこさな 山とめる》だ。萩原に伝わるわらべ唄から着想されていて、唄にせせらぎや鳥の声、子供たちの合唱が重なる。音は5分ごとに変わり、ひとめぐりするのに45分ほどかかるそうだ。
森の奥に入ると、あちこちで水が滝のように流れ落ちていた。自然の滝ではない。苔に覆われ、もともと水の豊かなこの場所に、遠藤利克があらためて水を降らせていた《Trieb―雨為る森・四美》という作品だ。遠藤は、森に水を降らすことで、雨と水、自然と人為、現実と幻想の「あいだ」を仮設してみたという。
古民家の座敷では、黒く磨かれた面に藍の器が映り込み、枯れ枝が1本、横切っている。カメルーンのバルトロメイ・トグオは、この森と美濃焼を重ね合わせようと考えた。ただ実際の工房では実現できず、結局は力技で作ることになったという。
森を抜けるころには、温泉街から旧校舎、商店街、そして四美の森まで、ずいぶん違う下呂の風景を歩いてきたことに気づく。
振り返れば、作品のなかでは土地を掘り、人に会い、昔の歌を聞き、伝説をもう一度語り直すような試みが繰り返されていた。白鷺が湯のありかを教えたという土地で、14の国と地域から集まった作家たちが、それぞれの方法で下呂にあるものを見つけ直している。
会期の終わりには、旧湯屋小学校で卒業式も予定されている。2012年に最後の卒業生を送り出した校舎が、芸術祭の最後にもう一度「卒業」の日を迎える。
温泉に浸かるだけでは見えてこない下呂を探しに、作品と作品のあいだも含めて歩いてみてほしい。
Rinako Fukushima