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――このたびは『黒牢城』での直木賞受賞、おめでとうございます。昨日は発表まで編集者数名と待機されていたそうですが、受賞の知らせを受けた時の状況は。 【画像】第166回直木賞受賞作『黒牢城』を見る 米澤 地下鉄に乗って来たので携帯をマナーモードにしていたままだったんです。連絡がきたのに気づいていなくて、しばらくして不在着信に気づきました。 ――なんと。いちばん着信に気を付けなきゃいけないシチュエーションなのに。 米澤 言い訳をすると、携帯の画面を表に向けていたので着信が入ったら光って分かると思っていたんですよ。そうしたら、静かに不在着信が入っていました。そもそもノミネートのご連絡の時もたまたま徹夜明けで眠っていて、何度も着信が入っているのに気づかなくて、6回目ぐらいでようやく出たんです。いつもご迷惑をおかけしております。……しょうもない話ですね(笑)。
ミステリランキング4冠、山田風太郎賞も受賞
――ふふふ。それにしても『黒牢城』は昨年山田風太郎賞を受賞し、年末の4大ミステリランキングで1位を獲得、そして今回直木賞を受賞し、さらに4月に発表の本屋大賞にもノミネートされました。ものすごいことになっています。 米澤 ちょっと思わぬことで、本当に驚いています。実は、どういうかたちで喜んでもらっているのかというのが、いまだによく分かっていないんです。面白い時代小説だと思って読んでもらっているのか、面白いミステリーだと思って読んでもらっているのか、時代小説とミステリーの融合だと思って読んでもらっているのか……。 ――いや、それだけじゃないですよ。有岡城に籠城する荒木村重が城内でさまざまな謎に遭遇、そのたびに地下牢に幽閉した黒田官兵衛を訪れてヒントをもらうという、ミステリーであり時代小説ですが、読み進めていくと普遍性のある哲学的、思想的なところでものすごく訴えてくる作品じゃないですか。 米澤 ああ、そうありたいと思って書いたんです! 16世紀の日本を舞台に、戦争を通じて思想を書こうとしたんです。ただ、それを書き得ているのか分からず、自分から言うようなことでもなかったので、言ってはいませんでした。それが誰かに届いたのか、分からなかった。でも、もし誰にも届いていないんだとしたら、こういうかたちで評価されることはなかったでしょうから、きっと思うことが書けていたんだろうなというふうに今は思っています。
――書評などではみなさんネタバレを避けたんだと思います。ここでは少し踏み込んだお話もおうかがいしたいです。そもそも、日本の時代小説を書くのははじめてですよね。 米澤 時代を舞台にした短い幻想小説はいくつかありますが、長篇ははじめてです。ただ、ずっと書いてきたことをまた書いたという面もあって。自分はこれまでも、集団と個、そのぶつかり合いとしての争い、場合によっては戦争を書いてきているんです。『氷菓』でも『さよなら妖精』でも『王とサーカス』でも、個が押しつぶされる瞬間としての争いを書いてきた。ただ、これまでは争いの周辺を書いてきましたが、今回はその中心を書きました。 自分の中ではテーマとミステリーは別々に浮かんでくるのですが、ミステリーの面は編集者との雑談で出た黒田官兵衛の安楽椅子探偵もので、それとは別に、今回のテーマは、実はずっと書いてきた集団と個というものでした。 ――編集者との雑談というのは前にお聞きしました。ある時なんの気もなしに「地下牢に閉じ込められた黒田官兵衛を安楽椅子探偵にしたミステリーを書いてみたい」と話したら、「米澤さんの小説は倫理観に特徴がある。籠城という閉鎖空間で描くとそれが際立つと思う」と執筆を促され、連載が始まったそうですね。 米澤 実は何度聞いてもその時編集者さんが何をおっしゃっているのか分からなかったんですよね(笑)。「倫理観に特徴がある」と言われても、別に私は赤信号を渡るのが好きとかいう人間ではないですし……。
「個」を体現する、牢の中の黒田官兵衛
――(笑)。これまでの作品でも倫理観を問うことが多かったのに、ご自身では意識されていなかったんですか? 米澤 あんまりないですね。倫理だと思ったことがないんです。ただ、「倫理」ではなく「哲学」だったら分かるかもしれない。「哲学的意味がありますか?」というのは『さよなら妖精』で使った台詞ですし。哲学といっても、何が自分の中で正しいと思えるのか、何を何故自分の中で柱とするのかというぐらいの意味です。それを書いてきたという意識は、たしかにあります。だから小説の中でフィロソフィーを書くところに作家としての特性があるのだと言われると、それはもしかしたらそうかもしれないと。 ――『黒牢城』は確かに、人々が何を正しいと思い、何を柱としているかで状況が揺れ動く話でもある。そのなかで村重と官兵衛の対峙にはどんなイメージがありましたか。 米澤 さっきの個と集団という話に言葉を言い換えると、官兵衛というのは黒田家の長ですが、牢の中では個である。村重は荒木家という集団の長であり、集団を体現しているような人間である。実は『黒牢城』という小説の中で、村重はほとんど個としての判断をしてないんですよね。ずっと組織の力学でしかものを語らない、考えない。彼が唯一個で動くのは茶壷についてくらいで、他はずっと組織の論理で動いている。その集団の論理の体現者たる村重を、官兵衛が個の論理で討つというのが小説のクライマックスであってほしかったんです。ただ、それでは村重がただの道化になる。そうではなく、官兵衛と対等の、集団の論理を体現するに足る人物として描き切ることができるのかという点は、わりと最後まで悩みました。
――悩みが解けたきっかけは何だったんですか。 米澤 いろいろありますが、これで書けるのではないかと思ったのは「黒田官兵衛遺訓」という資料に出会った時ですね。官兵衛が「最も恐るべき」ものについて遺訓を残していますが、これは集団の側の人しか言えない言葉です。であれば、それを官兵衛に教えるのは村重にしよう、と。ずっと個の論理でしか動いていなかった官兵衛が、ずっと集団の論理でしか動いていなかった村重から、集団の論理の要諦を受け取って牢から出て、集団の長へと戻っていく。その時に、村重の言葉というのが彼の胸に残っているのなら、きっと村重というのは、ただやられて消えていくだけの道化にはならないだろう。そういう思いがありました。
「戦うことが救いへの道」という矛盾
――遺訓の資料を見つけたから書き上げることができたといってよいわけですね。 米澤 もうひとつ、資料との出会いがありました。終盤に、とある人物の語る論理が出てきますが、あれはキリスト教で言うところの予定説に近い。ざっくりいうと、善行を積んだ人が救われるというわけじゃなく、神は救う人を決めているというのが予定説の考え方ですよね。実は当時の日本にも、仏は最初から全部救っているんだという思想があった。「日々生きていくだけで必死なのに、善行なんて積んでいられない」という人たちも救う思想があったにもかかわらず、現実はそれと矛盾していた。 ――冒頭から「進めば極楽、退かば地獄」という言葉が出てきますよね。戦うことこそが救いへの道だと説いている。 米澤 まさに。この矛盾が小説の柱ではあったんだけれども、ここを現在の目から打ち抜くのは、やはり現代人の思い上がりではないかという迷いがありました。だけれど、細かく当時の資料を見ていく中で、当時の人がやっぱりこれはおかしいんじゃないかと批判している言葉があった。それを見つけて、では、小説で書いてもいいだろうと決心がつきました。 ――その矛盾がじわじわ浮かび上がってくる。先走ってないんですよね。雪密室やアリバイ崩しといった謎のなかで、当時の人々の生活や決まり事が丁寧に描かれるからこそ、終盤に浮かび上がるその矛盾が沁みるんです。それを初の時代ものの長篇で書いてしまうとは。 米澤 時代小説のことは何も分からないので、本当に一から調べ直しでした。語尾は「ござる」でいいのかとか(笑)。「黒幕」という言葉の語源が歌舞伎だったら戦国時代には使えないな、牢屋はそもそもあったのかな、などと、一つ一つ調べていきました。
――それは相当大変だったのでは。今回、初の時代ものの長篇でしたが、米澤さんはこれまでも、中世ヨーロッパを舞台にした『折れた竜骨』で日本推理作家協会賞を受賞し、初の独立した短篇をおさめた作品集『満願』で山本周五郎賞を受賞し、ネパールの王族殺害事件を題材にした『王とサーカス』で年末のミステリランキング3冠を達成するなど、新たな挑戦をした作品で高い評価を得てきましたよね。 米澤 全部、「本当にこの路線でいいんですか?」と自分自身はためらっていたんですよね。でも編集者の方々が「いいんです。これで行きましょう」と言ってくださった。実は『満願』の時も「これ、シリーズキャラクター出さなくていいんですか?」と言ったんですけれど、「いや、独立短篇集を作ってほしいんです」と編集者さんが一切譲らなかった。そういう覚悟がおありなら、と、私としては喜んで書きました。 ――ご自身も独立短篇集は好きですよね。本当に、いろんなものが書ける方だなあと。 米澤 いろんなものを書いても、ミステリーに軸足を置いているから「米澤を読んでいる感じがするな」と思ってもらえたことも確かだと思います。でも自分で「米澤を読んでいる感じ」にとらわれすぎるのもどうかと思うので……。うーん、本当にいい小説を書く道がどっちにあるのかは分かりませんね。
ミステリーに軸足を置く理由
――昨日の会見でも「ミステリーが軸足であり柱である」とおっしゃっていましたけれども、どうしてそう思われるんでしょう。 米澤 デビューする前、習作を書いていた時に、なかなかいいものができなかったんです。書けてはいるし、面白いと思うんだけれども、それ以上の感触がない。でもミステリーを書いてみたら、当時の自分の文章とミステリーの理で割っていく考え方がすごく相性がよかった。当時はまだ作家ではなかったですけれども、自分という人間のものの考え方、文の書き方にはミステリーがよく合うんだと気づきました。 ――それで最初に「日常の謎」系のミステリーを書き始めたわけですが、その後はミステリーでもさまざまなタイプのものを書かれていますね。 米澤 そうですね。最初に「日常の謎」が面白いと思ったのは、北村薫先生の 『六の宮の姫君』 でした。すごいな、と思いましたね。あの作品がやっているのは近代文学史なんですよね。近代文学史でもってミステリーが書けるということは、およそ人間が好奇心を持つものは何でもミステリーになるだろう、という自由さを感じたんです。それで自分も「日常の謎」から入って、他のミステリーも自由に書いていくようになりました。 ――ミステリーの理で割っていく考え方との相性がよいとのことでしたが、どの作品も理で割り切れない心の揺れや痛みや切実さが浮かび上がりますよね。 米澤 言われてみればそうかもしれませんね。もともと習作時代には、おっしゃったような、痛みであるとか、ままならなさであるとか、失望であるとか、そういうものを書いていたんです。でもそれをそのままダイレクトに書いても、自分の場合は優れた小説にならなかった。ですから、それをそのままぶつけるのではなく、ミステリーの中に溶け込ませて、全くないものであるかのように読ませておきながら最後にぐわっと出てくるお話を書きたかったのかもしれません。だから、『黒牢城』も、何についての話であるのかがあからさまに出てこずに、最後になって浮き上がってくるという意味で、これまで私が書いてきたものに近いと思っています。
直木賞受賞には「戸惑いがあります(笑)」
――確かに、そういう意味で米澤さんは一貫していますね。 米澤 変な話、これまで書いてきたものをそのまま書いたらすごく高い評価を頂いた、という戸惑いがあります(笑)。どこが優れていてこうなったのかは、自分でも分からない。でも、分からないというのは、もしかしたら少し、いい小説が書けるようになってきた、ということかもしれない。もちろん、本当にいい小説とは何なのかよく分からないし、道はまだまだ先があるだろうという思いはあります。でも、もし少しだけでもいい小説が書けるようになったのであれば、自分が進んでいる方向自体は間違っていない。それを今回、選考委員の先生方におっしゃっていただいた。そういうふうに思っています。 撮影=松本輝一/文藝春秋
瀧井 朝世