Source:https://news.yahoo.co.jp/articles/89d2ee7378ca85d3765c05f90df02a025e3c984e
50人に3000件、70人に2000件、100人に2000件──。 これらの数字は、工業高校の各校の就職希望者に対する求人件数の状況だ。高校生全体の求人倍率は2022年度で3.49倍だが、全国工業高等学校長協会の調査では全国の工業高校の求人倍率は22年度で20.6倍、内定率は24年3月末で99.2%と、工業高校生が企業から引く手あまたの状況が分かる。 【画像】【就職内定率99.2%】いま工業高校卒業生が世界的なメーカーから熱視線を送られる理由 令和の工業高校のイメージは昭和や平成と比べて様変わりしている。工業技術やモノづくりと真剣に向き合う生徒たちが、エッセンシャルワーカーとして社会に出て活躍しているのだ。 朝8時半、茨城県立水戸工業高校を訪ねると、生徒たちが元気な挨拶と共に次々と登校してきた。運動部は強豪揃いで関東大会で上位に入るなど、「水工」を地域で知らない人はいない。工業技術を競う大会で受賞する生徒も多く、就職先は地元の中小企業のほか、日立製作所、トヨタ自動車、小松製作所など世界的なメーカー揃いだ。 この日、機械科の実習室では、2年生が真剣な顔で技能検定3級取得に向け旋盤実習を行っていた。旋盤とは、金属を加工する工作機械を指す。加工したい素材を回転する台座につけ、「バイト」と呼ばれる刃の工具に近づけて切削加工して、目的の形状に削り出す。円筒の金属を削って「段つき丸棒」と呼ばれる2つの部品を作り、ペアの部品をはめ込めるよう仕上げる。 円すい体の斜めの部分は、図面を見て削る角度を三角関数の式を使って計算しなければならない。硬い金属に穴を広げていく作業を、生徒たちが慎重に行う。技能検定3級は20分の1ミリメートルという精度が必要とされる。その技術が基本となって、「NC工作機械」という自動で加工作業を行う大きな機械を扱うようになっていく。 実習中の鈴木青空さんは、「小さい頃から工作が好きで製造現場で働きたいと思い、工業高校に入学しました。モノづくりの勉強は中学までの勉強とは違い、とても楽しいです」と目を輝かす。技能検定3級に合格した後は、フォークリフトの資格取得などにも挑戦するという。
地域産業を担う人材育成が工業高校の役割
水戸工業では例年、生徒の6割が就職する。今年度、176人の就職希望者に対して約3000件もの求人がきている。卒業生の多くは大手製造業で重責を担い、中堅世代になると約1000万円の収入を得るという人材もいる。大学を卒業しても内定を得ることが難しいような企業の求人が、同校に多数寄せられている。地元の大手製造各社の管理職や人材紹介会社の営業担当者は「水工生は仕事ののみ込みが早く、技術力がある。授業で実習を経験しているため働くイメージをつかんでいて離職が少ない」と口を揃え、〝水工ブランド〟の強さを物語る。 校長の久松政信さんは、「地域産業を担う人材を育てるのが工業高校の役割。そのために専門技術を教え、資格を取得できるように指導している」と話す。水戸工業では28年前から「課題研究」を授業に取り入れている。3年生になると個々にテーマを考え、研究発表して卒業していく。大半の生徒が学科で学んだことを進路に生かす。 工業化学の実験室では、生徒が顕微鏡を覗き込んで梅についたカビについて記録していた。工業化学科では「菌とリサイクル」をテーマに、菌が物質をどう変化させていくのか、化学反応がどう起こるのかを研究する。水戸の名物でもある梅の木が学校に植えられていて、初夏にたくさんの実をつける。その梅の実も研究の対象となる。 工業化学科の相川みずきさんは、「美容に関心があるので、クエン酸を含む梅の実は肌に良いのではないかと思い、化粧水を作る予定です」と教えてくれた。中学時代から医療関係に興味があった相川さんは、薬品の勉強ができる水戸工業の工業化学科への入学を決めた。教諭の大槻満さんは「化学の領域は未知なことが多く、生徒たちが将来、何かを解明してくれるのではないか」と期待を膨らます。 また、情報技術科では「世の中にあったらいいもの」をテーマに生徒が個々にプログラミングに取り組む。加藤木翔希さんは、人と「じゃんけん」ができるロボットの技術を応用して、指で示した1、2などの数字を認識できるロボットを考案している。例えば高齢者がロボットと指で「1+1=2」の練習ができるようになれば、高齢者の認知機能が向上するのではないか。その結果をロボットが記録できれば、認知機能の変化も分かる。高齢者施設では看護師や介護職が多忙なため、スタッフの負担軽減にもつなげたいという思いからのアイデアだ。加藤木さんは、高校卒業後は高専に編入し、将来はアプリ開発会社で働くという目標を持っている。
トヨタ、JR東日本、関電工卒業生は大手企業に
文部科学省によれば、工業科のある高校は全国に517校ある(23年5月現在)。各校、機械や自動車、電気、建築、デザイン、食品、情報処理などの強みに特色がある。社会が大きく変化する中、東京都は23年度から工業高校を工科高校と名称変更。教育の充実や学校の魅力発信を図っている。 都立六郷工科高校は、都内唯一の単位制の工科高校。20年前に日本で初めてデュアルシステム科が設置され、企業と連携してインターンシップや長期職業訓練を行っている。また、都内でも数少ないオートモビル工学科があり、同校は「第一種自動車整備士養成施設」の認証を受けているため、特定の科目を履修すれば「3級自動車整備士」の試験で実技試験が免除される。 六郷工科では昨年度の卒業生100人のうち、約半数が就職した。就職先はトヨタ自動車、東日本旅客鉄道、関電工などの大手企業も名を連ねる。昨年度は就職希望者の約50人に対して求人が2500~3000件あり、今年度は3500件以上を見越している。 デュアルシステム科では280社ある提携企業の中から企業を選び、2、3年生の前期と後期で1カ月ずつ実習を行う。地元・大田区は、モノづくりの街。国内トップクラスの技術を誇る中小企業が多く、そうした企業の存在を知る良い機会となる。同科の半数以上が実習を経て地元の中小企業に就職している。1カ月も社員と共に働くと、仕事の内容だけでなく人間関係など細かな点も見えてくるため、ミスマッチが起こりにくくなる。 技能検定3級の合格を目指して旋盤実習を行っている2年生に声をかけると、井ノ上達也さんは、「7歳上の姉が六郷工科に通っていたのが楽しそうで、自分も入学を決めました。旋盤の道に進みたい」と意気揚々としている。目標が見つかると、授業前の朝や放課後に自主的に資格試験の練習に励む生徒が少なくない。 六郷工科には在京外国人生徒対象の入学試験がある。ネパールなど外国籍の生徒も多く入学しており、6年前から在京外国人に向けて日本語の補習を行っている。多様な生徒の中で、技術だけでなく人間性も育っていく。 校長の釼持利治さんは、「たとえ中学時代に勉強が苦手でも、工科高校に入って変わる生徒が多い。モノづくりの楽しさに触れ、実習を積み重ねる中で自信をつけ、学びに楽しさを感じるのです。真剣に就職を考え、仕事が生きがいになっていく。学力と技能は必ずしもイコールではありません。図面通りに製品を作ることができるよう、意欲的に挑戦できるかどうか。そうしたヒューマンスキルを高校の3年間で育てていきたい」と語る。
「良い大学に行き、良い会社に」が必ずしも正解ではない
工業高校生は全体として6割が就職し、4割が進学していく。国家資格の取得を積極的に勧め、中には社会人でも合格率の低い資格を取る生徒もいる。実習を少人数で行うなど教員と生徒の関係が密となるため、進路指導でミスマッチが起きにくく、就職先での定着度が高い傾向にある。20年度のデータでは、卒後3年以内の離職率は高卒全体が39.5%であるのに対して工業高校生は16.3%と低い(全国工業高等学校長協会調べ)。机上の勉強よりも実学が勝っていると言えそうだ。 電気設備や土木などの現業職、製造現場の人手不足もあって工業高校への求人は大幅に増えている。平均すれば高卒と大卒の収入には一定の差は生じるものの、高卒の初任給は上がる傾向にあり大卒より好待遇なケースもあるという。厚生労働省の「賃金構造基本統計調査」(2023年)から、決まって支給される給与と賞与の合計を年収として見てみると高卒の「製造業」は年収476万円で、大卒の「宿泊・飲食サービス業」(年収455万円)を上回る。いわゆる「良い大学に行き、良い会社に就職」が必ずしも正解ではない。 公教育で工業を教える意義について、全国工業高等学校長協会理事長の守屋文俊さんはこう語る。 「モノづくりに楽しさを見出し、将来の目標を見つけた生徒の多くが大きく力を伸ばしていきます。いかに生徒が夢中になれるものを見つけられるか、学ぶ楽しさを教え、生徒の可能性を引き出し、社会に送り出す。工業高校には日本の社会に必要な人材を育て輩出していく役割があり、それを守っていかなければなりません」 工業高校生がいなければ、日本のモノづくりや建設業の現場は立ち行かなくなるだろう。社会の根幹を担う人材を育成している工業高校の存在に、改めて目を向けたい。
小林美希
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