Source:https://news.yahoo.co.jp/articles/d725db8b471edf0c44e84429d71462cf956badfd
配信、ヤフーニュースより

客観的な視点を持つには、どうすればいいか。早稲田大学名誉教授の内田和成さんは「『主観と主観の重なり合ったところに“客観”が生まれる』というふうに発想を切り替え、相手側の立場を理解し仮説を立てて考える姿勢が必要になる」という――。
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※本稿は、内田和成『客観より主観 “仕事に差がつく”シンプルな思考法』(三笠書房)の一部を再編集したものです。
■客観性の危うさを諭す「ネパールの木彫り人形」の話
本稿では、「相手の主観を突き止める」方法について説明していこう。
ここでポイントとなるのは、あなたが「正しい」と思っている常識や価値観は、別の人にとっては「正しいとは限らない」ということだ。その「正しさ」とは、あくまであなたにとっての正しさであり、万人に当てはまるものではない。
ここをはき違えてしまうと、自分の価値観や考えを相手に押しつけてしまい、結果的に「相手の主観」を正しく見つめることができなくなってしまう。
そんな教訓を含んだ例として、私がその昔、人から教わった大好きな小話がある。アメリカ人の旅行客がネパール人の職人と、人形の売買をめぐって交渉をする話だ。
ヒマラヤ山脈の山道に、木彫りの人形を売っている1人のネパール人の職人がいた。
通りがかったアメリカ人の旅行者が見ると、10個の人形があるようだ。旅の土産にちょうどいいと思い、彼は職人に交渉を持ちかけた。
「どうだろう? その人形全部と、あと2個、合計で1ダース買うから、安くしてくれないか?」
すると職人は、こんな返事をした。
「とんでもない。この10個ならば安くしてもいいけど、あと2個追加するなら、値段は逆に高くなるね」
お客がせっかく追加で商品を買おうとしているのに、職人はどうして値上げをするなどと言うのだろう?
理由は単純で、人形は手元に10個しかないので、12個を売ろうと思ったら、職人は家に帰って、人形をさらに2個つくらないといけない。余計な労力がかかるから、値段は高くなるというわけだ。
■「自分の価値観を押しつける人」になっていないか
ここまで説明してきた通り、“客観”というのは、「自分を含めた関係者の『主観』の中から見出していくもの」であった。それは、一般的に「そうだろう」とみなが考えるようなものとは、必ずしも一致しない。
先のアメリカ人は、「10個の商品をバラバラに買うより、1ダースで買えば安くなる」という常識(固定観念)をもとに交渉に臨んだ。
しかし、人形を手づくりしているネパール人の職人にとってそれは、「余計なコスト(労働)が生じること」であり、アメリカ人側の常識はまったく通用しなかった。
ただ、「買い手は1個で買うよりも複数で買って単価を安くしたいし、売り手もたくさん売ったほうが得になる」という点では、文化の異なるアメリカ人とネパール人の間でも利害が一致していた。
不足していたのは、「職人にとって、追加で人形をつくることにどれくらいの価値があるか、あるいは負荷になるか」という発想である。
この発想が欠けた状態で、交渉を無理に進めれば、「なんで1ダースで買うと言ってるのに、安くしてくれないんだ!」と、自分の主観を相手に押しつけてしまうことにもなりかねない。そうなれば、この交渉が失敗に終わることは明白だろう。
ようするに、自分の価値観の絶対性を疑い、互いの主観をうまく調整をする力が必要になってくるということだ。
■BCGの教え「他人の靴に“自分の足”を合わせる」
物事を考える際、多くの人は「客観的な視点を持つこと」こそが、最も大切だと思っている。「俯瞰する」という表現がよく使われるように、一歩引いた目線から、正しく物事を捉えるべきだ、と。
私もよく、「幽体離脱」という言葉で、こうした視点を説明している。
体から魂だけが抜け出したようなイメージで、「上から」とか「後ろから」とか、さまざまな視点から物事を観察し、考えるようにする。そうすることで、ひとつの物事を多角的に捉えられるようになり、問題解決や戦略的な意思決定のスキルが飛躍的に高まるのだ。
ただし、対人関係の話となると、単に「物事を一歩、引いて見る」というスキルだけでは、どうにもならない問題が発生したりする。というのも、人間の意見や思考というのは、必ずしもファクトや理屈に基づいているわけではなく、最初から偏っているからだ。
なまじ「俯瞰力」に自信がある人ほど、「自分は客観的に物事を見ている」と思っているから、「自分が正しい」という前提でコミュニケーションを取ってしまいがちだったりする。「客観性」というのは、案外たちが悪いものなのだ。
だからこそ、「主観と主観の重なり合ったところに“客観”が生まれる」というふうに、発想を切り替えてほしいのだ。
そのためには、「自分の主観と向き合う」ことはもちろん、もっと相手側の立場を理解し、「相手はこんな価値観を持っているのではないか」といった仮説を立てて考える姿勢が重要になる。
ボストン コンサルティング グループ(BCG)では、これを「他人の靴に自分の足を合わせる」と言う。
■正反対の価値観が存在することを理解する
足(主観)の形やサイズというのは、人によってまちまちだ。当然、「万人に合う靴」など存在しない。他人の靴を無理やり自分の足に合わせようとすれば、痛みが生じることもあるだろう。
だが、この痛みこそが重要で、それを感じることで、ようやく私たちは「自分とあの人では主観が異なる」ことを理解することができる。
幽体離脱にたとえるなら、さながら「魂を相手の体に乗り移らせる」といったイメージだろうか。いくら相手の周囲を飛び回り、相手のことを表面的に「わかったつもり」になっても、意味がないのだ。
先ほど紹介した「ネパールの木彫り人形」の話は、この問題を見事に浮き彫りにしている。人形を1ダースで安く買おうとするアメリカ人と、余計な労働をせずにいま残っている10個を売ってしまいたい職人。
両者の間では、「努力してできるだけの利益を出す」ことを正しいとする価値観と、「利益は低くてもいいから、余計な労働はしたくない」という正反対の価値観が存在することがわかる。
これは別に「どちらが正しい・正しくない」という話ではない。ゆえに、どちらか一方が自分の価値観を否定したり、相手の価値観に迎合したりする必要はない。
ただ、「なるほど、そう考えるのか」と相手の価値観を理解したうえで、妥協点を探していけばいいのである。
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内田 和成(うちだ・かずなり)
早稲田大学名誉教授/東京女子大学特別客員教授
東京大学工学部卒業。慶應義塾大学大学院経営管理研究科修了(MBA)。日本航空株式会社を経て、ボストン コンサルティング グループ(BCG)入社。2000 年から2004年までBCG日本代表を務める。2006年度には「世界の有力コンサルタント25人」に選出。2006年から2022年3月まで早稲田大学教授。早稲田大学ビジネススクールでは意思決定論、競争戦略論、リーダーシップ論を教えるかたわら、エグゼクティブプログラムにも力を入れる。
主な著書に、『仮説思考』『論点思考』『右脳思考』『イノベーションの競争戦略』(以上、東洋経済新報社)、『リーダーの戦い方』(日本経済新聞出版)など、ベストセラー・ロングセラーが多数ある。
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早稲田大学名誉教授/東京女子大学特別客員教授 内田 和成
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