Source:https://news.yahoo.co.jp/expert/articles/f878ce165afd95f93fc78eac2d6ae32889987007
東京都新宿区の新大久保といえば、多くの人が「コリアンタウン」を思い浮かべるでしょう。韓国料理店や韓流コスメショップなどが軒を連ね、週末には若者たちで賑わう街。しかし実際に足を運んでみると、今その風景は大きく様変わりしています。
ハラール料理にネパール料理、ベトナム料理にタイ料理、さらに世界各地の食材まで。通りを歩けばアラビア語、ネパール語、中国語、ベトナム語が飛び交う、世界の縮図のような光景が広がっています。
なぜ韓国料理の街だった新大久保は日本最大級のエスニックタウンへと変貌を遂げたのでしょうか。
ココがポイント
なぜ新大久保がコリアンタウンになったのか?
出典:あしたメディア by BIGLOBE 2025/9/18(木)
エスニックビジネスの激戦区、外国人が集まるワケ
出典:東洋経済オンライン 2024/2/12(月)
多国籍のエスニックタウンと江戸時代の史跡が同居
出典:LIFULL HOME'S 2023/7/14(金)
多国籍な街の「今」とこれから
出典:ハフポスト 2024/5/23(木)
エキスパートの補足・見解
大久保周辺は比較的戦災の被害が少なく古い住宅街が残っていました。1950年代、この地にロッテの新宿工場が建設されたことで、多くの在日韓国人が労働者として集まり、コリアンタウンが形成されていきました。
そして2011年の東日本大震災で中国や韓国からの留学生が一時的に激減。この空白を埋めるべく、新大久保周辺に多数存在した日本語学校は、ベトナム、ネパール、ミャンマーといった南アジア・東南アジア諸国からの学生を積極的に募集し始めました。これによって、彼らの生活を支えるインフラが急速に整備され街の風景は一気に多国籍化していきます。
現在の新大久保は、駅の東側には日本人観光客をターゲットにした「世界各国の料理や文化が楽しめる場」となり、駅の西側の路地裏や大久保通りの北側には、外国人住民たちが母国の食材を買い母国語で談笑する「リアルな生活の場」が広がっています。この「消費される文化」と「営まれる文化」が、衝突することなく同じ空間に共存している点が、新大久保という街の特異性になっています。
そしてこの光景は、近い将来日本のあらゆる都市が直面することになる「多文化共生社会」の雛形にもなっているのです。

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