Source:https://news.yahoo.co.jp/articles/5db5b7bc3ae6df6f09946242bd71d29c5ca0312a
ガンダーラ、カンボジア、バクトリアなどの遺物約200点 「これほど多くの押収品を目にする機会はない」
2025年11月のある寒い雨の朝、英国ロンドンで捜査員たちが2階建ての倉庫に踏みこんだ。中にあった棚やキャビネットには、盗品とおぼしき仏像やシバ神像などが並んでいた。雨漏りのする屋根の下で、彫像、置物、フレスコ画のほか、鎖帷子(くさりかたびら)まで見つかった。アジアのさまざまな国から密輸された品々のようだった。 ギャラリー:被害額360億円超、押収されたアジアの貴重な文化遺産 写真11点 「まるで博物館のようでした。説明ラベルのない」と考古学者のピーター・キャンベル氏は話す。氏はナショナル ジオグラフィックのエクスプローラー(探求者)で、文化遺産関係の犯罪捜査を行う企業「Heritage Crime Investigations Ltd」を率いている。「さまざまな文化や地域の品が数え切れないほど並んでおり、圧倒されました」 キャンベル氏は、欧州安全保障協力機構(OSCE)の文化遺産犯罪タスクフォースと連携し、盗まれた美術品や工芸品をもとの国に返す仕事を行っている。今回も、200点ほどの遺物を一時的な保管場所に移すうえで、警察などの捜査員と協力しながら、詳細を記録する作業にあたった。 ほとんどの品は寺院から強引に運び出されたようだとキャンベル氏は言う。いくつかの仏像の頭部には、明らかに電動工具の痕跡があった。考古学者なら絶対に使わないものなので、不正に切断したものと思われる。 様式から、カンボジア、バクトリア、ガンダーラなどのアジア文化であることもわかる。こういった地域から闇市場に流れる文化遺産は少なくない。 ロンドンの倉庫から見つかった品々をすべて調査し、どこから来たものかを特定するまでに、数週間から数カ月はかかるとキャンベル氏は見立てた。遺物の写真だけでなく、付着していた土のサンプルと倉庫で置かれていた場所も、今後遺物の出所を探る手がかりになるだろう。 ロンドン警視庁美術骨董捜査班のソフィー・ヘイズ刑事によると、現在、この盗品と大規模な国際文化遺産犯罪組織のつながりについて調査を行っているという。今回の押収劇も、遺物の年代や真贋を特定し、正当な所有者を明らかにして母国に返すための最初のステップに過ぎない。
とりわけ目を引く等身大の2つの像の正体
ロンドン警視庁がこの倉庫の存在に気づいたのは、海外で発生したある文化遺産犯罪で、有罪判決が出たことがきっかけだった。ヘイズ氏によると、情報の提供元は明かせないが、「問題のある品物」が倉庫にあるという連絡を受けたという。 それを受けて、ヘイズ氏を含む4人の担当者が初動捜査にあたった。そしてOSCE文化遺産犯罪タスクフォースを巻き込み、押収品の撮影、梱包、輸送を行ったほか、遺物の来歴調査にも協力している。 「これほどたくさんの押収品を目にする機会はもうないでしょう。まさに一生に一度の現場でした」とヘイズ氏は言う。 押収品の中に、とりわけ目を引く180センチほどの等身大の像が2つある。 ひとつはシバ神像だ。もともと4本の腕があったが、今は2本しか残っていない。約900年前に有名なアンコール・ワットを建造したことで知られる、カンボジアのクメール帝国の様式だと思われる。キャンベル氏はこの像について、「大幅に修復されている」可能性があると話す。 もうひとつは、片岩製の菩薩(仏教で悟りを求めて修行する人、または悟りを開いた人)の像だ。紀元前3世紀から紀元3世紀ごろのガンダーラで作られたものと思われる。現在で言えば、アフガニスタン東部からパキスタン北部にあたる地方だ。 このタスクフォースの責任者で、OSCE税関顧問も務めるキャメロン・ウォルター氏は、ほぼ無傷の半球状の容器に注目した。おそらくインダス文明のもので、今から5000年ほど前の青銅器時代のものである可能性もある。 「ここまで古いものを手に取り、本来あるべき場所に返すことを考えると、鳥肌が立ちます。人類が作り上げてきたものを理解し、私たちがどこからやってきたのかを解明することにもつながります」
文化遺産犯罪対策チームの誕生
OSCE文化遺産犯罪タスクフォースは、2016年に文化遺産犯罪に対する意識の向上を目指すパイロットプロジェクトとして発足したのち、2020年に拡大され、文化遺産の密輸対策、組織犯罪やテロリストとのつながりの調査まで行うようになった。 ウォルター氏によると、ここまでの専門性と多様性を持つ文化遺産犯罪専門組織は世界でも例がない。メンバーには、美術史、考古学、税関、検察、軍事、科学捜査など、さまざまな世界的専門家が名を連ねている。 2022年以降、このタスクフォースは3400点以上の文化遺産の回収や押収にあたってきた。その価値は、合計2億3200万ドル(360億円超)にのぼるという。北米、ヨーロッパ、アジアを含む57カ国のOSCE加盟国における文化遺産の密輸を中心に捜査を行い、違法にOSCE加盟国に持ち込まれた文化遺産が見つかれば、世界中のあらゆる国と協力して解決にあたる。 ウォルター氏によると、文化遺産犯罪の捜査依頼は日々増えており、タスクフォースもすばやく対応している。たとえば、博物館が盗難にあい、エジプト学者、検察官、サイバー調査官、税関職員を派遣してほしいという要請があれば、「72時間以内にチームを編成し、その都市に派遣できます」と言う。
「泣いて喜ぶ人もいるほどです」
OSCE文化遺産犯罪タスクフォースは、11月の押収以来、遺物を特定し、その由来を探る作業を続けている。ロンドン警視庁も、ヘイズ氏らが遺物の所有権、たとえば違法に持ち出される前にそもそも存在していた国を特定しようとしている。 しかし、正確な場所を特定できるとは限らず、様式から推測される年代と一致しないこともある。米ニューヨーク市立大学ジョン・ジェイ刑事司法大学の美術犯罪学教授であるエリン・トンプソン氏(今回の捜査には関わっていない)によると、ここ100年ほどで、ガンダーラ地方の古代工芸品を模した偽造品が大量に出回っているという。OSCEの文化遺産犯罪タスクフォースは、ロンドンの倉庫で見つかった遺物の鑑定を進めている。 昔からこういった盗難の格好の餌食になってきたのがカンボジアだ。1970年代から90年代にかけて深刻な政治混乱と内戦が発生したカンボジアでは、大規模な文化遺産の盗難が発生した。 しかし、最近では同国は積極的に返還を訴えている。トンプソン氏は近年のカンボジアについて、「文化遺産の回復を最優先し、かつて盗難を行った者の協力を取り付けたことが、同じ問題を抱える国々にとって先例となっています」と言う。 盗まれた宗教的工芸品や出土品がもとの場所に返還される際には、感動をもって受けとめられることが多い。返還されて寺院に安置される前に、街中をパレードすることもあるという。 「泣いて喜ぶ人もいるほどです」とキャンベル氏は言う。「人々は一番いい服を着て街に繰り出し、音楽を演奏したり、歌ったりします」 トンプソン氏は、ある彫像がネパールに返還されたときの式典に出席したことがある。地元の人々から捧げものが次々と寄せられた。 「ネパールやカンボジアでは、彫像は生きた神のように扱われます。食べものや香料を捧げたり、ろうそくを灯したり、音楽を演奏してもてなしたりするのです。あのネパールの式典が終わるころには、その彫像が何十年も博物館に展示されていたものだとは思えなくなりました。まるで昔からずっと、その寺院に祀られていたかのようだったのです」
文=Elizabeth Landau/写真=Britta Jaschinski/訳=鈴木和博

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