Source:https://news.yahoo.co.jp/articles/e5cc28a9722709d71131ef5fa2b98fc02d6845e4
渦中の外相会談だったが
3月30日、中国の王毅外相は、中国来訪中のロシア・ラブロフ外相と会談した。ラブロフ外相の訪中はアフガニスタン情勢をめぐる近隣諸国の外相会議に出席するためのものだったが、ロシアによるウクライナ侵攻の最中であることから両国の外相会談の中身には国際社会からの注目が集まった。 【写真】習近平「台湾併合の夢」を萎ませたウクライナ戦争プーチンの沈没 日本の場合、各マスコミの報道は概ね、「両国間の関係強化」をこの外相会談の基調として捉えている。たとえばテレビ朝日のwebサイトが会談の当日に配信した関連ニュースのタイトルは、「中ロ外相会談、両国関係の強化を明言」となっており、またNHKは、「中ロ外相会談 “両国の協力関係 引き続き強化”で一致」と伝えているのである。 確かに、中国側の公式発表から見ても、両国外相は会談においては「関係の強化」を強調している。そこから伝わった会談の雰囲気も良さそうであった。 しかし、同じ中国側の公式発表をじっくりと吟味してみれば、中露関係に対する中国側の本当の姿勢はむしろ、「関係強化」とは正反対の方向にあることが分かる。 会談が行われた30日当日、新華社通信はさっそく会談の内容を伝えた。翌日の人民日報も新華社通信の報道内容をそのまま記事として載せている。中国の場合、外交活動に関する新華社通信と人民日報の報道内容はすなわち政府の公式発表となるのである。 それでは、中露外相会談に関する中国側の公式発表で注目すべきポイントは何か。1つは、会談を伝える両政府系メディアの関連記事のタイトルにある。
パキスタン外相>ロシア外相
実は30日、王毅外相はロシア外相との会談以外に、同じ会議参加のために訪中しているパキスタン外相とも会談を行った。そして今までの慣例に従って、新華社通信と人民日報はこの2つの会談をまとめて同じニュースとして伝えているが、その際、両社が使ったニュースのタイトルは、「王毅外相はパキスタン外相・ロシア外相と各別に会談」というものであった。 一見、何の変哲もないただのニュースタイトルに見えるが、実はそこには、非常に重要な外交上のメッセージが込められている。パキスタン・ロシア両外相を並べるとき、パキスタン外相のことを前に持ってきて、ロシア外相のことを2番目に回しているのがミソなのある。 中国の場合、例えば王外相が同じ日に2ヵ国以上の外相と会談した際、一連の会談をまとめて発表する時、タイトルの表示上どこの国を前に持ってくるか、どこの国を後ろに回すかの順番付けには、昔から、慣例としての不動の格式がある。 基本的に、国際社会における相手国の重要性と、中国にとっての相手国の重要性の両方を吟味して順番を決めるわけであるが、一般的に言えば小国よりも大国の方を順番的に優遇する。あるいは中国にとって相手が格別に重要な国である場合、その国名を一番前に持ってくるのが普通である。 例えば王毅外相が同じ日にロシア外相を含めた数カ国外相と会談をした場合、これまでならば、それを伝える新華社通信・人民日報の記事のタイトルは必ず、「王毅外相はロシア外相、○○国外相、……と会談」となっていたのである。 ここではいくつかの実例を挙げてみよう。例えば2020年3月14日、王外相はロシア外相・フランス外相・イラン外相のそれぞれと電話会談を行なった。当日の新華社通信の配信ニュースのタイトルは、「王毅外相はロシア外相・フランス外相・イラン外相と電話会談」である。 その際、中国にとってロシアはフランスなどよりも重要な国であること、そして国際社会での地位・重要度においてはイランよりもフランスが上であることが判断基準となっていることが、このような順番から読み取れるのである。
小細工で格下げ
あるいは2020年3月10日、王外相はドイツ外相とネパール外相の両方と電話会談を行なったが、新華社通信発表のタイトルは当然、「王毅外相はドイツ外相・ネパール外相と電話会談」となっている。国際社会における重要度にしても、中国にとっての重要度にしても、ドイツという国はどう考えてもネパールの上だからである。 もっと直近の例を1つ挙げると、今年1月12日、王外相は中国の無錫市でトルコ外相・クウェート外相と別々に会談したが、翌日の人民日報記事のタイトルはやはり、「王毅外相はトルコ外相・クウェート外相と会談」である。このケースでは、国の大きさは順番を決める決め手となっているのであろう。 こうしてみると、外交活動に対する中国側の公式発表(すなわち新華社通信・人民日報記事)において、複数の相手国の並べ順番に厳格な規則が適用されていることはよく分かる。そうすると、上述の「王毅外相はパキスタン外相・ロシア外相と各別に会談」という公式発表のタイトルは全く異例にして異常であることが明らかであろう。 国際社会における大国・ロシアの地位と重要性と、中国にとってのロシアという国の重要性は、どう考えてもパキスタンのそれよりは一段と上である。 今までの慣例からすれば、本来なら、この時のタイトルは「王毅外相はロシア外相・パキスタン外相と各別に会談」でなければならない。しかしそれが正反対になっているとは要するに、中国側は意図的に今までの慣例を破ってロシアを2番目に回した、ということである。 もちろんその際、中国にとってのパキスタンという国の重要性がいきなり大きくなってロシアのそれを凌駕した、というわけでは決してない。中国が、わざとこのような異例な並べ方を工夫した唯一の狙いは要するに、目に見える形でロシアの重要度、あるいは中露関係の重要度を下げて、「ロシアは中国にとって、もはやそれほど大事な国ではなくなったのよ」とのメッセージを国際社会に送りたかったのであろう。 言ってみれば中国側は、このような小細工を弄することによって、中露関係を何げなく「格下げ」にした訳である。
消えた「全面的戦略協調パートナーシップ」
もちろん、上述の中露外相会談における中国側の態度の変化は何も格式上だけのものではない。会談の中身においても、ロシアに対する中国側の姿勢の豹変が観察されている。 中国側の公式発表では、王毅外相は確かに、「中国はロシア側と共に、両国間関係をより高い水準へ発展させる」と語り、いわば「関係強化」の意欲を示して見せている。しかしその一方、中国政府がそれまでに中露関係について語る時に必ず用いる、大変重要な文句の1つが王外相の発言から抜けている。 それはすなわち、「全面的戦略協調パートナーシップ」との表現であって、それまでの中露会談や中露共同声明には必ず出てくる決まり文句である。 例えば習近平国家主席が2月4日にプーチン大統領と会談した後の共同声明にはこの言葉がちゃんと出ているし、3月7日に王外相は全人代記者会見で中露関係について語る時もこの言葉を口にした。 そしてこの文句こそは中露双方にとって両国間関係の重要性を表現するもっとも大事なキーワードであるが、上述の両国外相会談に関する中国側の公式発表から、この肝心なキーワードは完全に消えているのである。
2月24日から3月30日の間の激変
それに加えて、例の外相会談に対する中国側の発表からはもう1つ、微妙な変化が見られる。 2月24日、ロシアがウクライナ侵略戦争に踏み切った当日、王毅外相はラブロフ外相と電話会談を行ったが、その中で「ロシアの安全保障の合理的な懸念を理解する」と述べた。 それはどう考えても、ロシアの侵略を事実上容認した発言であるが、3月30日の外相会談においては、中国側の公式発表からすれば王外相はこの表現を使わずにして、ロシアとウクライナ双方による平和交渉に対する「支持する」ことを強調した。 以上のように、中国政府は先月30日の中露外相会談と、それに関する公式発表をもって、中露関係を実質上格下げしていることがよく分かる。 少なくとも中国側の公式発表の内容からすれば、中露はもはや「全面的戦略協調パートナーシップ」ではなくなっている。そして中国政府はそのことを、発表内容の工夫をもって国際社会にアピールしたかったのである。 問題は、中国が一体どうして、ここまでに来て中露関係を格下げしょうとしているのかであるが、その理由は一言で言えば要するにウクライナ侵略戦争におけるプーチンの失敗とロシアの転落である。
本当はプーチンに便乗したかったが
3月19日掲載の本コラムが指摘したように、2月下旬にロシアのウクライナ侵攻が始まった前後、中国の習近平政権はプーチンの戦争発動を積極的に後押しして、それに加担した経緯がある。 その時、習近平は、ロシアが迅速に勝利を収めるだろうと見て、それを後押しすることによって自らの企む「台湾併合戦争」の追い風とする思惑であった。 しかしその後の戦況の推移とロシアを取り込む国際環境の変化はまったく、プーチンと習近平が期待する正反対の方向へ向かっている。 この原稿を書いている4月6日現在、ウクライナでの戦況の推移はロシアにとってはまさに頓挫の連続である。ウクライナ人の予想外の果敢な抵抗に遭って、ロシアが開戦当時に想定していた速戦即決の電撃戦は完全に失敗に終わり、キエフ周辺からの撤退を余儀なくされている。 今後の戦局がどう展開するかについての予測は筆者の専門範囲を超えているが、大方の見方からしては、ロシア軍が勝利を手に入れることはやはり無理ではないのかと思われる。 その一方、ロシアにとっての最大の誤算と失敗はすなわち、アメリカとNATO同盟国が一致団結してウクライナの決死の抵抗を支援したことである。 欧米諸国は、派兵こそはしていないが、それ以外、対戦車ミサイルなどの最新鋭武器を惜しむなく提供したり、現場で戦うウクライナ軍に有用な情報を提供したりして、多くの面で、ウクライナの祖国防衛戦を外から支えた。 これがあるからこそウクライナがそれほどまでに善戦したわけであるが、そのため、ある意味では今の戦争はすでに、ロシア対欧米全体の戦争となっているのである。
負け馬に乗るわけにはいかない
それと同時に、西側が一致団結してロシアに対する未曾有の厳しい経済制裁を加えた。国際的ドル決算システムからロシアを排除した制裁措置にしても、ロシアから石油や天然ガスを禁輸したり輸出量を減らしたりする措置にしても、もともと脆弱であったロシアの経済に致命的な打撃となろう。 このままではロシア経済の崩壊は必至である。たとえプーチンが対ウクライナ戦争に最終的に勝利したとしても、ロシアという国の沈没はもはや避けられない。 ロシアにとって、破滅を避ける唯一の道は要するにすなわちウクライナからの全面撤退であるが、しかしそれではプーチン政権は持たない。来るべきプーチン自身の破滅は目に見えてくるのである。 このような状況の中では中国は、プーチンの戦争の加担者という立場から、一転してロシアとの距離を徐々に置き始めて、やがて前述のように、ロシアとの関係を格下げすることになった。 結局中国は、プーチンという勝馬には乗るつもりであったが負け馬に乗るつもりはない。ロシアが敗色濃厚となってプーチン自身が「戦争犯罪人」として国際社会の共通の敵となっていく中では、習近平はロシアとの関係性を再考せざるを得なくなったのである。
石 平(評論家)
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