Source:https://news.yahoo.co.jp/articles/a5060c13adfa2a073fbfa1e4abc926ddaf9fef43
コロナ禍で共助不全
チベットハウス・ブラジルの現所長ジグメ・ツェリンさん(54歳)が当地に赴任してきたのは、コロナ禍が発生した時期と重なる。ツェリンさんは当時の境遇を振り返り「インドでは、避難民として日々多くの課題に直面していましたが、コミュニティー内で助け合って暮らしていました。ブラジルでは感染対策のため、ほぼ1年間、ほとんど他者との対面交流ができず、一人で過ごしていました。昨年3月にインドに一時帰国した時、私のブラジルでの孤独を知る息子は、私が戦争地帯から戻ってきたかのように目に涙を浮かべていました」と話す。 一時帰国後は5月に帰伯する予定だったが、今度はインドで新型コロナウイルスの変異株が発見されたことで、帰国便のキャンセルが相次ぎ、ブラジルに戻られない状況が8月まで続いた。
生まれたときから難民 故郷チベットの地知らず
ツェリンさんは、チベットに近いインドのレー市で生まれた。両親は1960年代初頭、ダライ・ラマ14世に続き、チベットを逃れた亡命者だった。 「チベットの問題とチベット難民の問題は、コインの表裏です。ダライ・ラマとチベット人は、1950年代に行われた覇権争いの中で、チベットの抜本的な文化的および政治的改革のために郷里を後にすることを余儀なくされました」 やがて両親は南インドのチベット人集落に移り、ツェリンさんもそこで育った。ツェリンさんはその後、ダラムシャーラーにあるチベット亡命首都に移り住んだ。 「私は生まれた時から難民で、チベットに行ったことがありません。それでも私はチベットに属しています」 ツェリンさんによれば、チベットに住むチベット人の人口は約700万人。世界中に散住しているチベット難民は約15万人。難民のうち約10万人がインドとネパールに居住している。北米には、数千人のチベット難民がおり、ブラジルには、ツェリンさんを含めた3人のチベット難民が暮らしている。 ネパールの首都カトマンズ在住のネパール人ラン・ハリ・サプコタさん(39歳)の印象では、ネパールに暮らすチベット人はわりと経済的に恵まれているが、インド在住のチベット人難民の生活は大変で、ネパールに石を購入しに来て、インドで販売する人などもいるという。
過酷なインドでの避難民生活
活動家で詩人のツンドイさん(連載第2回参照)は、自身の両親をはじめとする、インドへ渡ったチベット難民の生活は、想像を超える過酷なものだったと語っている。 同氏のウィキペディアの記述によれば、ツンドイさんの両親はインドに移ってから、山岳地帯の道路建設の労働者として働いた。建設現場では、チベット人労働者の多くがインドの夏の暑さに耐えられず、健康状態を悪化させて最初の数か月で亡くなったという。 ツンドイさんの生年月日は1975年生まれであること以外は不明となっている。ツンドイさんが自身の生年月日について母に問うと「皆が疲れ、空腹だった時に、誰に子供の生年月日を記録する時間がありましたか?」と答えられたという。(つづく、取材/執筆 大浦智子
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