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国境を越えて活躍するエンジニアにお話を伺う「Go Global!」シリーズ。前回に引き続き、八楽のソフトウェアエンジニア、Vipul Mishra(ビプル・ミシュラ)さんにお話を伺う。やりたいことが無数にあるビプルさんの次のターゲットは「真のレコメンド機能」――? 現在のビプルさん 聞き手は、アップルやディズニーなどの外資系企業でマーケティングを担当し、グローバルでのビジネス展開に深い知見を持つ阿部川“Go”久広。
面白い。だから、やっていられる
阿部川 “Go”久広(以降、阿部川) 現在、八楽ではどんな仕事をしているのですか。 Vipul Mishra(ビプル・ミシュラ、以降ビプルさん) 基本的には翻訳やポストエディット(後編集)に役に立つ技術を開発しています。自動車業界だったり、宇宙業界だったり。そういう業界のドキュメントの翻訳で、なるべく少ないデータでいい精度を出すにはどうしたらいいかというアルゴリズムや技術を研究しています。 他にも、機械翻訳の結果で間違えたところをどう検出できるか、どういうふうにすれば「この部分が間違っている」とユーザーに指摘できるかなど、翻訳の質を上げるための仕組みを考えています。 阿部川 今チームは何人ぐらいですか。 ビプルさん エンジニアが3人、アドバイザーが2人といった構成です。社長がプロジェクトマネジャー的に「こういう風にしたらどう」とか「これはどういう可能性があるのか」といったフィードバックをくれることもあります。基本的にエンジニア3人で働いて、ミーティングして、タスク分けして、誰かがどっかで戸惑ったらディスカッションするといった感じで進めています。 八楽で好きなところは、自分で新しいアイデアを実現して、それが良ければすぐに提供できる、自分のアイデアを実現するまでの抵抗がかなり少ないということですね。 阿部川 これをやろうと思ったらすぐやれる、いろんな手続きとかそういうのは全くない。日本の奨学金制度と全然違いますね(苦笑)。メンバーとは日本語でコミュニケーションするのですか。 ビプルさん 英語ですね。みんな違う国籍で、ブラジル人、ロシア人、アドバイザーは1人インド人、もう1人は日本人で東大の先生、という多国籍のチームなので。 阿部川 直近で1番忙しい、大変だなと思ったことはなんですか。 ビプルさん そうですね、「翻訳の言い換え」ですかね。「ヤラクゼン」で新しい機能として提供する予定なのですが、クオリティーの高い言い換えを実現するにはどうするのが一番かを考えています。例えば、単語だけ変えるだとか、フレーズを言い換えるだとか。そういうディスカッションをしたり、どういうふうにそれを実現できるかとかやったり。いろいろ手法を探りつつ、ユーザーとしての体験を向上させる工夫をしています。 阿部川 大変そうですけど、面白そうですね。 ビプルさん はい、結構面白いです。だからこそ、やっていられる。 シンプルな一言ですけど、響きました。ユーザー体験と言ってもさまざまな人がいるわけで、それぞれに対応するのは至難の業です。試せることは幾つかあっても、そのどれが効果的かはやってみないと分からない。効果が出るまで長い時間がかかるかもしれない。それを「面白い」と言い切れるビプルさん(と八楽の環境)、素晴らしいですね。 阿部川 いいですね。面白いといえばお仕事以外で最近はまっているものは何ですか。 ビプルさん 私は結構、文字(テキスト)が好きなんです。機械学習をやっている人は、基本的に画像から入ることが多いんですね。画像を入れたいとかいじりたいとか、そういう人たちが多いからだと思うのですけど、私は文字と音楽が好きです。 阿部川 どういう音楽が好きなんですか。 ビプルさん インディーズが1番好きです。日本で言うと「THE NOVEMBERS」が思い浮かびます。基本的に海外のいろいろな国のバンドの曲を聞いています。インディロックかインディポップですね。ギターが入ってないと好きにならないぐらい。 阿部川 こうやって話していると穏やかだけど、コミュニティーに行ったら「この野郎! 何だ!」みたいな感じですか。 ビプルさん いや、全然そんなことないです(笑)。
複数拠点を行き来する働き方にも憧れる
阿部川 ビブルさんはもうネパールに戻らず、日本に定住するという方針なんですか。 ビプルさん そうですね、ホームは日本にしようかな。兄弟がいるのですが、兄弟もネパールから出て働きたいと言っています。真面目な若い人たちがあまりネパールにいたがらないんですね。英語で「ブレインドレイン」って言いますけれど、この20年、優等生が国を出ていっちゃうという現象がネパールで起きています。 阿部川 それはなぜでしょうか。ネパールには就職先が少ないんですか。 ビプルさん 多くはありません。そして賄賂(わいろ)などの悪い文化がいまだに残っていて、血縁や賄賂などでいい役職につく人がいて、優秀な人がその役職に就けないという事実が結構あります。ネパールの1番大きい問題は、そこにあると思います。 阿部川 それは若い人にとっては面白くないですよね。 日本でもありますよね。どちらかといえば国を出るというより「優秀な人はすぐに辞めてしまう」の方が多いかもしれませんが。笑い話ですが、退職する人が多い企業があって、従業員は「何事をするにも会議しないと決められない文化が問題」と気付いているのに経営層は「なぜ人が流出するのかを検討する会議」ばかりして、より状況が悪化する、という話があります。閉塞(へいそく)感に悩むくらいなら環境を変えるという決断は大切ですね。 ビプルさん はい。あと、ホームは日本でいいのですが、別の場所にも行ってみたいと思っています。八楽代表の坂西はオランダに住んでいて、数カ月単位で日本とオランダを行ったり来たりしているので、そういうふうにいろいろな国や文化に触れながら生きるのも憧れです。将来的にはそういう立場になりたいと思います。かなり頑張らないと、そこまではなれませんが。 阿部川 できますよ! 奈良とカトマンズとオランダっていうのはどうでしょう。社長が2拠点だったら、俺は3拠点だって。 ビプルさん 社長には勝てますねえ(笑)。
やりたいことが多過ぎる
阿部川 今後どういう仕事をしたいと思っていますか? 機械言語はもっといろいろやりたいですか。 ビプルさん 1番好きな言語と音声や音楽の技術的なところを詳しくできるようになりたいですね。クリエイティブなもの、例えば、話を書いて、ホラー調にしたりコメディー調にしたりとか。それらを機械学習で実装してもいいかもしれない。 ああ、もう1個考えているのが音楽の新しいレコメンド機能です。音楽を勧めるアプリケーションはたくさんありますよね。「Spotify」とか。「Youtube Music」も独自のアルゴリズムを持っているんですけど、結構同じような曲を推薦するんですよね。でも人によって音楽の聞き方は全然違う。例えば僕の場合は、2年前に聴いていた曲は1年前には聞いてないし、1年前に聴いていた曲は今聴いていない。そういう人それぞれの差を考慮したシステムがあまりない気がするので、そういうのを作りたいと思っています。 集中したいときだけ聞いた1曲を基に、普段聞かない曲をずーっと薦めてくるのって嫌ですよね。ビプルさんのレコメンド機能、早くできないかな(笑)。 心理学的な解釈も必要です。性格には5つの次元があって内交的か外交的か、開放特性が高いか低いかなど、いろいろな次元があります(ビッグファイブ理論)。例えば解放特性が高い人は新しい音楽を聞きたがるという性格になる。そういうふうにいろいろな人たちのいろいろな要素を考慮したシステムを作りたいですね。 そのためにはレコメンデーションシステムを勉強しないといけないし、音声処理などの勉強もしないといけない。言語学や機械学習にもさらに詳しくならないといけない。だから、それをさらに磨いていって自分でも作れるようになりたい。もちろん、周囲が協力してくれれば、もっと簡単に楽しく作れますけど。
「適当にやります」って言ったら変な顔された
ビプルさん 言語学習にもすごく興味があります。常に言語を何か1つは勉強するようにしています。今はドイツ語です。でも勉強していると実感しますが、効率よく言語習得できるアルゴリズムやサービスはまだできていない気がします。言語学習をどうやったら効率良くできるか、データをどう生かせるのかという課題にものすごく興味があります。八楽が解決しようとしている課題にも関係するので、将来的な可能性はあると思っています。 阿部川 ビプルさんは日本語や英語をどうやって勉強したのですか。 ビプルさん うーん、例えばリスニングとリーディングは日本教育センターで毎日3時間勉強して身に付けました。テストもたくさんあって文法も学んで。それでも大阪大学の講義を受けた初日は何にも理解できなかった。 勉強したときのテープは女の人のきれいな声だったんですけど、講義では男の先生が強めの大阪弁で、もう全然ついていけなかったんですね。話も飛ぶし、文脈がばらばらだなって。でも、面白いことに、2学期になると初日から何を話しているのかほとんど分かりました。日本語学校のときは周りがほとんど留学生だったけれど、大学ではほとんど日本人だったので、すごいスピードで身に付いた気がします。部活にも入って、友達もたくさん増えて、ずっと聞いているとやっぱり聞けるようになったんです。 これを聞くと、怠け者の私は「使わないといけない環境なら英語もすぐに身に付くのでは」と思ってしまうのですが、後述されているように「学ぶ意志がなければ続かない」んですよね……。 リーディングに関しては、やっぱり本。教科書を読んだりしてリーディングの能力が上がった気がします。スピーキングは部活とかで友達と会話しながらうまくなった気がします。たくさんの間違いをしないと、勉強できませんから。 阿部川 なるほど、そういう活動をしないとしゃべれるようにはならないですよね。「できるか、できないか」じゃなくて、「やるか、やらないか」の問題で。「どうやったらいいですか」ってよく聞かれるんですけど、何でもいいからまずはやってみることが大事ですね。 ビプルさん そうですね。間違いを恐れず。あ、間違いといえば、すごい恥ずかしい間違いをしたことを思い出しました。「適当」っていう言葉があるじゃないですか。「適切」っていう意味もあるけど、その真逆の意味もある。で、辞書の通りに意味を覚えて使っていたら、全然通じなくて、みんな変な目で見てきて。 自分は何を言っているのか、何を間違えているのか全く分からなかったので、後で調べたら「あーっ!」てなるとか、そういうことが結構ありましたね。 阿部川 なるほど。「これやっといて」と言われて「適当にやります」って答えたら「適当にじゃなくてちゃんとやって」と言われる。そういうのは辞書を見ただけでは分かりませんもんね。そういうのこそ機械翻訳が文脈から判断してくれると助かりますね。今のお話から、機械翻訳のお仕事がピブルさんにぴったりで、そして大変お好きなのだなということがよく分かりました。
英語が難しい? もっと難しい言語を知っているじゃない
阿部川 ビブルさんのチームはブラジルの方やロシアの方、インドの方もいますが、日本人のエンジニアとも仕事はするんですか。 ビプルさん 研究室ではほとんど日本人のエンジニアとコラボしたり、ディスカッションしたり、勉強したりしました。八楽でもインターンと一緒に働きました。日本人のエンジニアとも会話は英語です。 阿部川 日本のエンジニアと仕事をしてみて困ったことはありましたか? さっきの「適当」じゃないけど、意味が違うみたいな。 ビプルさん もう日本語ができるのであまりないですね。あと、エンジニアは私のような性格の人が多くて、結構論理的なので、ちゃんと話をしてコミュニケーションすることが多い気がします。 阿部川 日本人のエンジニアへのメッセージはありますか。 ビプルさん 考えたんですけど、やっぱり一番は「英語に力を入れること」です。 英語が分かると調べられる資料も読める本も全部増えますし、働ける環境も増えますし、もう良いことしかないですね。すっごい難しいライブラリとか、すっごい難しいプログラム言語を習得できるのに、「いや、英語は俺には無理」とか言いますから。なんか笑えちゃうんですよね。あんなに難しいコーディングはできるのに、英語が難しいっていうのが面白い。 阿部川 それはいいことを聞きました。エンジニアはみんなあんなに難しいことができるのに、それに比べれば英語なんてね。他の言語に比べれば英語は簡単ですもんね、他の言語に比べると、変化するところが少ないし。エンジニアであれば内容は分かるので、それをちゃんと英語でコミュニケーションできれば、こんな素晴らしいことないですよね。 編集鈴木 ネパールの若い人たちは大体外国目指すっておっしゃっていましたけど、どんな外国に行く人が多いんですか。 ビプルさん やっぱり英語が使えると楽だから、米国、オーストラリア、イギリスですね。特にオーストラリアが多い気がしますね。 編集鈴木 ビプルさんも英語を話せるから、本当は米国とかに行った方がお給料が高くなっていいんじゃないですか。 ビプルさん いや、そういうふうには考えないです。給料以外にも文化とか。1番思うのが、日本は便利で安全、いくらお給料が高くてもそれに勝てることはない気がしますね。例えば夜中2時に外で歩いても安全で、危ない気はしない。それは第一にあると思いますよ。 あと、日本に住んできて、日本のつながり、日本人の友達や日本にいるネパール人とかコネクションがたくさんできているわけで、それをそう簡単に捨てて他のところへ行こうとは思いません。また、日本は旅行すれば、全てのところに違う何かを感じられる。鳥取の砂漠もあれば、北海道の山も、長野の山もいろいろある。すごい狭いスペースにいろんなものがそろっているのも、すごく気に入っています。
インタビューを終えて ~Go’s thinking aloud~
自然体で気取らないが、頭の回転の速さは隠せない。日本語の表現がまた憎い。加えて文化への理解力の高さ。意地悪く突っ込むところを探すが、褒めることしかできない。そしてイケメン! 聡明(そうめい)な若者に出会って、掛け値なしにうれしかった。 地頭の良さと行動力、多くの言語(ネパール語とその派生方言、英語、日本語)、多国籍多文化理解とくれば、グローバルでも負けるわけがない。というか、ビプルさんにとってはもちろん勝ち負けではなく、とにかくやりたいことがあるから、やってみただけだろう。 まずは「英語」。言語の理解や豊富な語彙(ごい)は、さらなる深い思考を生む。そして「やるか、やらないか」。できるかどうかではなく、まずやってみると足りないことや新しいやり方が見つかり、結局効率的にできるようになる。人が成長するにはこの2つしかないのではないか。ビプルさんと話して、あながち暴論ではないと確信した。
@IT
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