Source:https://news.yahoo.co.jp/articles/e65eff2b7b039812ee5116843683ff4596e4940f
2024年10月、写真家の石川直樹さんがエベレストやK2といった、地球上にある標高8000mを超える14の山すべてに登頂しました。前編では写真家でありながら14座を目指した想い、ヒマラヤのシェルパの在り方や登山スタイルの変化についてお伺いしました。後編では、14座に興味を持つ大きな契機となった「偽ピークvs 本当のピーク問題」について。「いろいろ調べていくうちに、面白くなっちゃって」と石川さんが語る、この論争とは? 【画像】2012年マナスル登頂の本当の頂上に到達したときの投稿写真
山岳史の常識を覆す「偽ピークvs本当のピーク」問題
――“偽ピーク問題”?とはどういうことですか? 単純に言えば、これまで8000m峰に登ってきた人たちが、いくつかの山で頂上を間違えていたってことが最近になって仔細に検証され、わかりはじめたということです。 ドローンなどの技術の進歩もあって、本当に高い場所がどこなのか、ビジュアルでもわかるようになったことも大きいと思います。 昔は「認定ピーク」なる言葉があって、一番高い場所でなくてもそこまで行けば「頂上」とみなされるという謎の取り決めもあったんですよ。 そういう流れの中で、エバーハルト・ユルガルスキーというドイツの山岳史家が、今まで14座を登頂した人について、だれが本当の頂上に登ったのか、だれが登っていないのかを、昔の登頂時の写真などから全部調べ上げた。 それを「8000ers.COM」っていうサイトでリスト化して発表したわけです。 ――その、ユルガルスキー……という人は独自で調査した、ということですか? 彼一人というよりは、彼のチームで検証したみたいですね。それでヨーロッパやアメリカで議論が巻き起こった。 公的機関ではないのですが、その調査が緻密かつ正確だったので、今では「ヒマラヤンデータベース」など、老舗の登頂認定をしてきた団体も、ユルガルスキーのリストに従って、記録の修正をはじめました。 ――本当の頂上かどうかは、頂上での写真から判断するんですか? そうですね、頂上の写真がまず一番重要な証明になります。だからみんな頂上では写真を撮ります。その写真を検証すればわかるので。 だけど、天候が悪くてホワイトアウトしているときもありますよね。そうした場合は、「こういうルートで登った」とか「ルート上にこういう岩がありました」とか、登山者の証言をもとに判断します。 カメラがなかった時代は頂上から何が見えたのか、スケッチなどをして。でも登山は基本的に性善説に立っているんで、登山者は嘘をつかない、という前提があって“登頂”という概念が成り立っている。 まあ、とにかく今は山頂での写真を調べれば、それが最高点か否かは、ある程度わかるようになりました。 ――いつくらいからこの議論が出てきたんですか? 2021年くらいですかね。こうした議論が勃発してから「実は本当の頂上に立ってない」みたいな事例がたくさん出てきちゃって。 例えば、ラインホルト・メスナーは8000m峰14座に世界で最初に登った人として有名ですけど、アンナプルナでは本当の頂上には立っていなかったのではないか、と指摘されたりしていた。それで僕も「本当の頂上とか偽の頂上(や認定ピーク)って一体どういうことだろう?」と思って興味を持った。 ――石川さん自身もそんなことがあるのか、という驚きだったんですか? 驚きでしたね。で、実際自分も2012年のマナスル頂上での写真を見返してみたんです。そしたら、確かに頂上として自分が立っている場所の後方に、1mぐらいそこよりも高い場所が写ってた。 だけど、1mほど高く見えるその場所が、「すぐ後ろにあるちょっとした丘」くらいのレベルなのか、そこに到達するのが大変な場所なのか、というのが今となっては判然としないので、実際にもう一回登って確かめてみたくなった。 ――でも、マナスルの写真を確認して、今更「本当の頂上じゃないかも」なんてわかったらショックじゃないですか? そもそも「認定ピーク」なわけですから、実際には隊では「これが頂上だ」となるわけですよね? 「登頂おめでとう!」みたいなムードにもなるでしょうし……。 マナスルの認定ピークと言われている場所はもっと下のほうで、自分では最高点に立ったと思ったんですよ。ここが頂上だよ、とシェルパたちからも言われたし、自分も「あ、頂上だな」とは思った。でも、改めて今振り返ると、確かにマナスルでは後ろにもうちょっと高いところあったかも……みたいな。 ―― それを自分の目でもう一度確かめたいっていうことだったんですね。 確かめたいと思いました。「どんなもんかな」みたいな。本当に単なる丘だったり、階段2段分ぐらいしか違わないんだったらどうでもいいと思えるかもしれないけど……。 ―― もう一度登った結果、実際は大変な違いだったという……。 実際に登って確かめた結果、これは大きな違いだと僕は思いました。 マナスルでは登山の難易度が変わってくるような感じです。ダウラギリでは偽ピークと本当のピークが150mぐらい離れていて、「確かに全然違う!」と。実際、本当のピークにこだわって、命を落としていった人もいるわけで……。 マナスルに初登頂したのは日本の隊ですが、彼らは苦労して本当の頂上に登っている。なのに「本当の頂上に行くのは大変だから、手前でもオッケー」みたいな考え方はちょっとおかしいな、というか。 とにかく「なんなんだこれ!」と、自分で行って調べてみたくなっちゃって。 本当の頂上という意味でカウントしていくと、日本人ではだれも14座には立っていないことになってしまったし、だとしたら自分がやってみても面白いんじゃないか、と思ったこともありましたね。
山と、その場所の自然や文化、人に惹かれて通う
――だから14座最後のシシャパンマに登頂されたとき「ここより高いところはない」と、ほっとしたわけなんですね。今後、この本当のピーク問題っていうのはどんどんシビアになっていくような感じですか? シビアになっていくとは思います。だって、これだけ仔細に調査された結果がインターネットで公開されているのに知らなかった、では済まなくなりますから。 ただ、これまで登ってきた先人へのリスペクトを忘れたくありません。新しいルートや新しい登山スタイルを切り拓いてきた人たちは本当にすごかった。本当のピークに立っていなかったからその記録に価値がない、ということでは一切ない。 ただ、事実として最高点に立っていなかった、と。バランスが難しい問題ですね。 マナスルで「これまでは全然頂上に立ってなかった。その先にある頂上まで危なくても行くべきだ」って言い始めて、8000m峰の偽ピークについて異議を最初に唱えたのもミンマGだった。彼は本当に時代を変えていったんです。 その彼が自分と一緒に登ったシシャパンマで、ネパール人初の14座無酸素登頂を果たした。その瞬間を目の当たりにしたい、というのも14座に向かった一つの目的でした。歴史に残る快挙なので。 自分が14座に登るモチベーションになったのは、若いシェルパの台頭と彼らが時代を作っていく、その瞬間に立ち会いたい、目撃したい、という気持ちかもしれません。そして「本当の頂上問題」というのを自分の目と体で確かめたいという気持ち、この二つからですかね。 ――なるほど……。そもそも石川さんがこんなに時間をかけて、何度も足を運んでいるエリアって世界中で他にはないですよね。場所としての魅力もあるんですか? 8000m以上の山が連なっているところは、パキスタンとチベットとネパールにしかありません。 そうしたヒマラヤ山脈、カラコルム山脈の麓に広がる山岳民族の文化や歴史、人の暮らしに強く関心がありました。 ヒマラヤに通うことで、ぼくの目の前にどんどん新しい世界がひらかれていったんです。ヒマラヤ山麓は、新しい発見に溢れた、非常に魅力的な地域だとぼくは思います。 ――8000mの山を登りきった今、山に登りたいというモチベーションっていうのは、今後生まれるんでしょうか? 何の目的もなくどこかの山に登るっていうのも楽しいですけどね。でも、今後は大きな遠征は少なくなると思います。 あと、ヒマラヤの山に登りたいけど、どうしたらいいのかわからない、という人も結構いっぱいいるんだな、ということも前から思っていて、知人をネパールに連れていきたいな、というのは少しあります。 例えばスキーヤーやスノーボーダー、トレランの選手などは、僕より体力も技術もある。 そういう人たちをヒマラヤに連れて行ったら、また別の何かが花開くんじゃないかな、と思うこともあります。最初はトレッキングでもいいですね。 ――トレッキングならだいぶハードルが下がります! ちなみに8000m峰だけでなく、日本の山もたくさん登られていますが、日本で何回でも行きたい、という山はあるんですか? 羅臼岳を最高峰とする知床連山や斜里岳とかですかね。知床半島が好きで、ずっと通ってるんですけど、夏も楽しいし、冬は流氷がくるから毎年通っています。暇があればいつでも行きたいですね。 やっぱり、季節ごとの風景や自然……結局、山だけじゃなくて、土地と、そこに住んでいる人たちや暮らしに惹かれてその場所を目指すんですよね。 撮影/藤澤由加 取材・文/よみタイ編集部 ※「よみタイ」2024年11月17日配信記事
集英社オンライン
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