Source:https://news.yahoo.co.jp/articles/0d200fad7e94dddabf9d18138b8ded4b68f66a78
最後の秘境とも言われるブータン。経済発展よりも心の幸福を大切にする「国民総幸福度」という考え方や、「量より質」の観光立国を目指した富裕層ターゲットの施策が注目を集めている。 ブータンの観光は名刹巡りやトレッキングなどが主で、どちらもグループ毎に(一人旅の場合は一人に対して)現地ガイドの同行が必須となり、必然的にオーダーメイドの旅行となるのが特徴だ。 また旅行者から「サステナブル・ディベロップメント・フィー(SDF)」と呼ばれる観光税を徴収する。コロナ禍が明けて観光客の受け入れを再開した2022年9月、一泊につき200ドル(27年9月までは一時的措置として100ドル)を徴収し、その収益を自然環境保護に充てている。ブータンは国土の約3分の2が森林で、南アジアでは唯一のカーボン・マイナス国家だ。 ブータンは世界で唯一チベット仏教を国教と定めている国でもあり、その根底には、深い仏教の思想がある。例えば、2003年に6000メートル以上の山への登山は、宗教上の理由で禁止されている。ヒマラヤ山脈隣国でエベレストを擁するネパールは、山岳観光による収入が年間3億ドルと国の大きな収入源となっている一方で、登山客が放置するゴミやオーバーツーリズムに悩まされているのとは対称的ともいえる。 舗装道路ができたのは1970年代にインドから首都・ティンプーまでが初で、今も農道が残り、細い道を昼寝する牛や犬が塞ぐ「動物渋滞」が度々発生するが、それでイライラする人はいない。皆が輪廻転生を信じており、道を塞ぐ動物たちも「前世はもしかしたら自分の家族や友人の生まれ変わりかもしれない」と考え、丁寧に扱う。 実際に寺院を訪れると、ヒンズー教やアニミズムの影響も見られる。日本同様に八百万の神と共存して生きてきたという背景が感じられる。 経済指標ではなく、心のゆとりという豊かさを追求する、そんな思想の背景には「生命への敬意」と「さまざまなものを柔軟に受け入れる力」ともいうべきものがあるのだろう。 ブータンでは地域ごとに方言と言うべき異なった約20の言語があり、小学校からの教育は全般に英語で行われる。近年ではオーストラリア政府の協力のもと、奨学金でオーストラリア留学をする若い世代も増えるなど国際化する一方で、独自の文化を守るための対応もとられている。 例えば、仏教の授業は、標準語というべき「ゾンカ」で教える形をとり、朝一番に、学業の神、文殊菩薩の真言(マントラ)を唱えるなど、国教である仏教教育は日々の生活に根付いている。 また、役所ともいうべき「ゾン」の内部では、外国人や軍隊や警察などの制服のある専門職以外は、民族衣装の着用が義務付けられており、正装として「カムニ」と呼ばれる大きい絹のストールを巻き付けるしきたりがある。
アマンの5つのロッジを巡る
そんなブータンの独自の魅力と心の豊かさに気づき、2004年に、ブータン初の外資系ホテルを構えたのが、高級リゾート・アマンだ。サンスクリット語で平和なる旅を意味する「アマンコラ」という名前のもと、4年間のうちに、国際空港のあるパロ、古都ブムタン、絶滅危惧種であるオグロヅルが越冬する湿原のあるガンテ、ティンプーの前に首都だったプナカ、そして首都ティンプーと5つのロッジをオープンしていった。 ロッジはいずれもケリー・ヒルによるデザインで、車で2時間以上離れている各ロッジを車で周遊するゲストがほっとできるよう、どれも室内は同じ構造になっている。新しいロッジに到着すると、スタッフが「ウェルカム・ホーム」と迎えてくれ、違う場所ながら、同じ作りの部屋に通される。それは、まるで瞬間移動する自分の部屋のような感覚をもたらす。 そして、アマンらしい温かなホスピタリティに基づく特別な食体験はここならではのものだろう。5つのロッジで欠かせない食体験を挙げてみよう。 ブータンといえば、パロの断崖絶壁に建つ寺、タイガーズ・ネスト(タクツァン僧院)が有名だが、その約5時間のトレッキングの終盤に、驚きの食体験が待っていた。 低木をかきわけ、道なき道をいくと、突如現れるログハウス。笑顔のスタッフ冷たいおしぼり、ウェルカムカクテルに迎えられ、泥だらけの重い登山靴を脱ぎ、清潔なスリッパにはきかえる。これまで登ったタイガーズ・ネストの高みを見ながらいただく食事は別格だ。ちなみに、ロッジに戻ると、登山靴は熟練のスタッフの手ですぐにクリーニングされ、翌日に生まれ変わって返ってくる。 古都ブムタンでは、焚き火の炎を囲んで、地元の男女の踊り手たちの伝統舞踊を見ながら食事を楽しむことができる。日本の盆踊りのように円陣を組む踊りは、どこかノスタルジックな雰囲気に満ちている。 ガンテは、ジャガイモが特産品。元々収穫したジャガイモの保管小屋を改装して行う「ポテト・シャック・ディナー」では、室内が数えきれないキャンドルの灯りに照らされ、ハネムーンなどにぴったりな雰囲気だ。このキャンドルは客室で出る使いかけのキャンドルを溶かして作ったリサイクル。一切電力を使わないサステナブルな食事は、「伝統は一回りするとエシカルでロマンティックでもある」という現代の美意識を体現していた。 プナカはやや標高が低く、温かな気候が特徴的。ここはプールで泳げる唯一のロッジで、プールサイドには見事なジャックフルーツが実っていた。ここでは、清流を見渡す場所にテントを張って、目の前でシェフが焼いてくれるバーベキュー料理が絶品だ。
ブータン政府のマインドフルネス・シティ計画
首都ティンプーはブータン各地の食材へのアクセスがよく、伝統的な弦楽器の演奏を聴きながら、貴重な川海苔などを使った料理が楽しめた。「唐辛子とチーズの料理」とひとくくりにされがちなブータン料理だが、実は地域による食文化も多様である。 ブンタンのツェリン・プンツォシェフはブータン東部出身。故郷の料理は中国の影響が強く、例えば花椒(四川山椒)や胡麻などを料理に多用するという。一方、ティンプーのシャ・プラダンシェフは南部出身のため、ローストしたかぼちゃの種とマスタードシードなどのスパイスを木製の杵のようなものでついて作るスパイスミックスを使うという。中国とインドという、深い食文化を持つ国に挟まれ、多くの少数民族が住む国だけに、まだ光を浴びていない食が眠っていることは容易に想像できる。 また、多くのロッジで、コンポストを活用したり、自家菜園を持つなどして、サステナブルに注力しているのが印象的だった。ブータンでは政府から農薬や化学肥料の使用が禁止されており、国産のすべての野菜がオーガニック。野菜が非常に新鮮で味わい深かった。 昨年12月、ブータン政府は「マインドフルネス・シティ計画」を発表した。インドとの国境に1000平方km規模で、次世代に向けたサステナブルな都市を建設予定だという。海外で学んだ若者たちが誇りを持ち、母国で働きたいと思える場所の創設に動いている。 首都ティンプーの街には、タイから輸入したという「ユニクロ」、中国からの輸入だという「アディダス」や「ナイキ」などの店が立ち並ぶほか、伝統の手織り生地を西洋風にダッフルコートに仕立てた服など、伝統文化を現代の若い世代の感覚に合わせたショップなども並んでいた。新たな時代に向けて、伝統を改革し、未来につなごうという想いが感じられた。 また、アマンコラから、食を通した改革の機運も生まれている。アマンコラ全体を統括するグループ・パティシエのルパ・タマンシェフは、両親を失い孤児となったが、アマンコラで1から料理を学んだことで身を立てたセルフメイドな女性のロールモデル。自らのカフェもオープンし、若い女性を雇用することで、女性の自立を促したいと考えている。 マインドフルネスシティが完成すれば、こういった食の改革にもより一層弾みがついていくだろう。「国民総幸福度」の提唱から50年余り、さらなる変革に向けて動き始めたブータン。伝統文化と改革を両輪に進んでゆくモデル国として、ますます目が離せなくなりそうだ。
仲山 今日子
0 件のコメント:
コメントを投稿