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サッカーのワールドカップ(W杯)カタール大会が盛り上がるなか、12月11日に「愛と社会とサッカーを語る」 と題されたトークイベントが東京・下北沢の本屋B&Bで開催された。出演者はベストセラー『人新世の「資本論」』で知られる経済思想家の斎藤幸平さんと、文筆家でイラストレーターの金井真紀さん。初対面だという2人はサッカー好きだそう。しかし、斎藤さんは今回のワールドカップに横たわる、人権問題、性差別、LGBTQ迫害、過度な商業主義などの問題を直視するべきだと話す。これからのサッカーはどのように変わるべきなのか? イベントの模様を抜粋・編集した採録記事をお届けする。 【画像】トークイベントの様子
金井さんの新刊 『聞き書き 世界のサッカー民 スタジアムに転がる愛と差別と移民のはなし』(カンゼン) では、世界中のサッカーファンをインタビューしている。そのライフストーリーをやさしくコミカルなタッチで描きながら、同時に移民、性差別、LGBTQ+などのテーマにまつわる社会問題を活写した。 斎藤さんは『ぼくはウーバーで捻挫し、山でシカと闘い、水俣で泣いた』(KADOKAWA)を刊行。毎日新聞の連載に書き下ろしを加えたもので、日本各地の様々な現場に向かい、ウーバーイーツ、水俣病、気候変動など幅広いテーマに実践を通して迫った。特にスポーツについては、東京五輪の再開発のために排除された人々に着目し、その過度な商業主義などを批判している。
サポーターに魅了される理由
斎藤:普段、わりと小難しい話をすることが多いんですけど、今日はサッカーがテーマですね。僕は小学校の頃から高校生の頃までサッカー部だったんです。ポジションはボランチやフォワードをしていました。幻冬舎の編集者の箕輪厚介さんと同じ高校のサッカー部で、2人でツートップを組んだりしていました。 金井:ええっ、それは知らなかったです。 斎藤:今はもうまったく別の道を歩んでいて。20年近く会っていないんですけど。 金井:強かったんですか? 斎藤:いや、僕はそんなに上手くなかったですね。高校生の時は、ベッカムやジダンなどが人気でしたね。2002年のワールドカップ日韓大会も、埼玉スタジアムまで見に行ったりしていました。でも「俺は中田みたいにはなれない」と挫折して、それからはあまり見なくなりました。大学もアメリカに行ったのですが、アメリカ人はあまりサッカーを見ないんですよね。それでだいぶ距離ができてしまいました。金井さんは元々サッカーが好きだったのでしょうか? 金井:ただミーハーなんですよね。もともと、Jリーグでは横浜F・マリノスが好きでした。日韓大会の前後、マリノスがすごく強かった時と、降格争いをした時があって、しょっちゅうスタジアムに行っていました。その頃から選手も好きだけど、応援している人たちのバカバカしさが気になったんです。 斎藤:わかります。僕は川崎フロンターレのファンでした。地元が世田谷だったので、フロンターレの本拠地の等々力競技場が近かったんです。ずっと座って酒を飲んでいるようなサポーターがいますよね。あの人たち、何をしているんだろうと思ったりして。 金井:野球でもサッカーでも、応援している人たちに目が引かれるんです。無駄な様式美があるんですね。チームに対する愛情が深すぎて、ちょっと押しつけがましくて、鬱陶しい感じ。いい意味で言っているんですけど、それにすごく惹かれました。ワールドカップは日韓大会では韓国に、その後の大会ではドイツや南アにも行きました。 斎藤:試合というよりサポーターを見ているんですか? 金井:試合の戦術やフォーメーションの話をされてもよくわからないんです。今、(出版社の)カンゼンさんの「サッカー本大賞」の選考委員をしているんですけど、フォーメーションの本は難しすぎてわからない。 では何を見ていたか。例えば2006年ドイツ大会の話をすると、ドイツ大使館に勤めているホーボルトさんというサッカー好きの知人から聞いたんですが、2006年より前、彼はサッカーの国際試合がある日にドイツの国旗を振ったり、国歌を大きな声で歌ったりすることにためらいがあったそうです。 ドイツの国歌を聞くとナチス時代を思い出す人がいるかもしれない。戦後だいぶ経つけれども、まだドイツ国旗を不快に思う人がいるんじゃないかと心配だったんですって。ホーボルトさんたちは小学生の頃から自国の加害の歴史を学んでいるんですね。で、2006年のドイツ大会のときに初めて堂々と国旗を振ったと言ってました。ドイツが勝つと周辺国の人も祝福してくれた。自分たちも盛り上がって、試合後に車で大通りに出て、クラクションを鳴らして走ったり、国旗を振ったりして、あぁドイツ人もこうして無邪気に旗を振ることが許されるようになったんだと感慨深かったと。そういう話を聞くことが好きなんです。 斎藤:文化や歴史に関心があるんですね。金井さんの新刊でも移民の方の話や、いろんな地域の文化の話が出てきます。いろんな国のサポーターの人と交流するのでしょうか? 金井:そうですね。現地で知り合ったりします。世界中にこのスポーツはあって、ワーワーと騒いでいる人たちがいる。サッカー場にいる人、もちろんテレビを見ている人も含めて、サポーターの話を集めたら面白いだろうとは昔から思っていました。いろんな国のいろんな観点が拾い集められるかなと。 今回の本ではクルド人のチームがスウェーデンリーグで活躍しているという噂を聞いて取材しました。クルド人はもともと中東に住んでいたのに、後から引かれた国境によってトルコ、イラク、イラン、シリアなどに分断されてしまった民族。国を持たない民族なので、代表チームもないし、ワールドカップ予選で祖国を応援することも叶わないわけです。迫害されて難民になったクルド人もたくさんいます。そんななかでスウェーデンリーグにクルド移民のチームができて、しかも強い。その「ダルクルド」というクラブは、いまや世界中のクルド人にとってナショナルチームみたいなものなんです。今日も来てくれている翻訳家でサッカーファンでもある実川元子さんにダルクルドのことを教えてもらって、日本のクルド人コミュニティからたどっていって、現地サポーターを見つけて取材しました。 話はちょっとずれるんですけど、ConIFAというFIFA(国際サッカー連盟)に入れない未承認国家や少数民族が加盟している組織があって、実川さんはConIFAをずっと応援している人でもあります。日本でも在日コリアンのチーム、ミャンマーの少数民族ロヒンギャのチームなんかが活動している。華々しいワールドカップがある一方に、そういうサッカーもあるんですよね。
ワールドカップが抱える3つの問題点
金井:斎藤さんはワールドカップを観戦ボイコットされているそうですね。 斎藤:僕は1試合も見ていないんです。金井さんの本を読みながら「サッカー面白そうだな」なんて思いつつ、でもボイコットをしている。理由は単純で、大きく3つあります。 まず1つ目は、スタジアム建設の際に移民労働者が大勢亡くなっていること。ネパールなど貧しい国の人たちを出稼ぎ労働者として連れてきた。僕はドイツのテレビ番組でその映像を見てしまったんですよ。彼らはどういうところで暮らしているかというと、8人部屋や15人部屋といった大人数部屋は当たり前。一番衝撃だったのが、建設労働者なのにシャワーがないんです。気温50度ほどの炎天下で1日中働いた後にどうするかというと、キッチンで水を汲んで和式トイレみたいなところで体を洗うんですよ。 金井:ひどいですね。しかも何人かに1つしかない? 斎藤:そうです。キッチンは数百人に数個しかない。そんなところで水を汲んで、体を洗っている。めちゃめちゃな環境です。そして事故や熱中症などで人が死んでいる。 2つ目は、カタールという国は、LGBTQ、性的マイノリティを抑圧していること。サッカーのサポーターや選手に性的マイノリティの方はいっぱいいると思うんです。でもそういう国で、国際大会をやるのはどうなのか。 3つ目は、私は気候変動の問題を研究しているんですが、4年ごとに球を蹴るだけのために、なぜあんなにでかいスタジアムを造らなきゃいけないのか。今回、新しいスタジアムを7つも造っている。 そもそもなぜ今回12月にやっているかというと、カタールが暑すぎるからですよね。ヨーロッパは通常通り、6月がシーズンオフなので、よくのんだなと思いますけど。そんな暑いところで雨も降らないのに、天然芝をいいコンディションで作らないといけない。そのためにはもちろん大量の水を使う。果たしてそういうことをすべきなのか。 さらにスタジアムでクーラーをガンガンかけると電力は無駄になる。それに対して今回彼らは初のカーボンニュートラルの大会にする、つまりプラマイゼロだと言っています。カーボン・オフセットという権利をお金でたくさん買うんですね。そうすると他のところで木を植えるからという理由で、プラマイゼロと言われているんですけど。でも今回、大会で出る二酸化炭素の量は、かなり少なく見積もられている。観客はみんな飛行機で来るし、その間にホテルには泊まるし。今の気候危機の時代に、そういうことはすべきじゃないんじゃないか。 つまりワールドカップのあり方を見直すべきじゃないか。ドイツやフランスではパブリックビューイングをやめるなどしているのですが、日本ではないので、今回観戦ボイコットをしています。
現場で当事者の話を聞き、伝えること
金井:(2人の新刊は)ドカドカと現地に行っているということは、共通点かもしれません。『ウバシカ』を読んで、斎藤さんはこういう人だったのかと知った人も多いはずです。 斎藤:今回、意図的にそうしました。大学では研究室で本を読んだり、授業などで教えたりする。ほとんどそればっかりになってしまうんです。私は元々マルクスの研究をしようとした理由も、単にマルクスの新しい解釈を見つけたいからじゃなくて、それを通じて貧困問題や環境問題などの社会問題を変えていきたいなと思っていたからです。だから現場をもっと深く知らないといけない。自分が語っている内容が机上の空論になってしまうと思いました。 金井:苦労されている感じがすごくいいですよね。知り合いの編集者が「読む人というのは、書き手が困れば困るほど嬉しいんですよ」と言っていたんですけど、これはまさにそうで。ウーバーで捻挫までして...。どの話が一番心に残っていますか? 斎藤:やっぱり日常で長くやらないといけないという意味では、脱プラ生活でしょうか。僕は元々「脱プラスチックは意味がない」という批判をしていました。そんな小さいことをやってもダメだと。でも実際やらずに批判するのはよくないと思って。そこで続けて実践すると、オムツが使えない、切り身の魚が買えないとか、いろんな苦労がありました。 金井:あと、斎藤さんは取材して書くことにちょっとした葛藤があるとあとがきで書かれていました。それがすごく面白かったです。 「『自分は当事者ではないから発言をするのを控えよう』というのは、一見するとマイノリティに配慮しているようで、単なるマジョリティの思考放棄である。それは、考えなくても済むマジョリティの甘えであり、特権なのだ。そのようなダイバーシティでは、差別もなくならない」 当事者じゃない人というのは、このモヤモヤがすごくあると思うんですよね。私もこの本の取材で、鹿島アントラーズの車椅子席に通う重度障害者の方に同行させてもらって、すごく面白かったんです。知らないことだらけで。でもそれは当事者じゃない人間が障害者をネタとして消費しているとも取れる。むずかしいですよね。 斎藤:そうですよね。「こんな風なんだ」みたいな、ちょっと新しいことを知ったというような。 金井:うん、うん。でもそれを伝える役目もあると思うんですよね。そのあたりの折り合いはどうつけていますか? 斎藤:やっぱり折り合いは本当につかないですよね。毎回、すごく緊張します。この連載では私の書き方次第で取材相手に誤った印象を与える可能性もある。当事者から「斎藤は全然わかってない」と言われるリスクもある。書いているとどうしても私の見方になってしまう。 結局、表面的にはなっていますよね。1、2日だけ取材した話なので、浅い見方なんですね。10年そこに住んで書く研究者の方もいます。でもどれほどやっても、まだまだ不十分だと感じる人もいるわけです。沖縄の問題にしても、水俣の問題にしても、いろんな見方が当然あるし、そこに関わっている当事者の人たちも多様です。「斎藤いいよね」と思ってくれる人もいるだろうけど、「全然ダメ」だと思う人もいると思います。 金井:どこまで勉強をしたらいいのかという...。 斎藤:でもそれで自分は何も語らないというのは、すごく楽だと思うんです。たとえば、取材をするまで自分は部落の問題をあまり考えていませんでした。でもわざわざ行くと変わる。そういうきっかけを通じて、この間も人権フォーラムという場に呼んでもらえて、交流をしたりしました。一度会って、その後定期的に交流する機会が生まれれば、定期的に学び直すことができる。思い出したり考えたり、新しい本を読んだりできる。やっぱりやって良かったと思います。
観戦ボイコット以外の方法はある?
ーー(会場からの質問)経済利益を求めるばかりに環境に負荷がかかってしまうというお話は理解しますが、観戦ボイコットを提言することで拒絶反応をしてしまう人もいるように思いました。そういう軋轢をうまずに、中間層にいる人をどう巻き込んでいけるでしょうか。自分はサッカーが好きすぎて、ボイコットまではできません。 斎藤:その中間層の人たち、いわゆるマジョリティの人たちには、拒絶されるかもしれないという配慮をして、それに合わせてメッセージを出したほうがいいんじゃないかという話はよくあります。でも、最初からマジョリティや今の社会通念に慮るようなメッセージしか出せない。それは結局、マジョリティに都合がいいものにしかならないんですね。 マジョリティに都合がいいことが、マイノリティには都合が悪い。だから今まさに問題が起きているわけであって。それに対する告発が、都合がいいものになるわけがないんです。都合がいいものに落とし込むことによって、そもそも多くの人たちは意識すらしないことになる。 最初のステップとしては拒絶されようが、まずそういう問題があることを痛烈に意識させることだと思うんです。ずっとやるかどうか、それで広がるかどうかは別ですが。最初の反応は当然拒絶なんですよ。だけど、その中でよくないなと気付く人たちが、マジョリティの中に出てくる。彼らが今度そのボールを受け止めて、今の制度はよくないと議論することもある。 カタールという国が、石油マネーで儲けていて、外国人をクソみたいに働かせていて嫌な国だと思う人が増えれば、ひとまず成功です。金儲けのことばかり考えているFIFAはダメだねとなって、現地に行くのはやめてテレビで見ようとなったらいい。そうするとバランスが取れるようになってきます。 こういうやり方を続けていけば、選手たちも使い潰されてしまいます。シーズン中にワールドカップまでやったら、リーグ戦にも影響が出て過密日程となる。選手のけがは増えて、現役寿命はどんどん短くなっていく。 サッカー好きだからこそ、考えなければいけない問題はたくさんあるわけです。もっとみんなが真剣に考えないといけない。 金井:上手なことは言えないんですけど、自分にできること、面白がってできることが一番持続可能性があると思っています。なのでボイコットがすごい苦痛だったら、続かないと思うんですよね。だからできる範囲でやってみる。甘いかもしれないですけど、それがいいかなと思います。 例えば1冊丸ごとアパルトヘイトやLGBTQをテーマとした本は、私には書けないと思うんですけど、サポーターの声を集めてみるということはすごくやりたいことでした。自分がやりたいことにつなげれば、無理なく面白く暴れられるのかなと思っています。 面白い暴れ方は、人それぞれで違うと思う。ワクワクすることや武器みたいなものは、みんな違うものを持っている。それを生かした形でやったらいい。やり方は一つじゃないと思います。
朝日新聞社(好書好日)
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