Source:https://news.yahoo.co.jp/articles/488328f5ef704c89efddaf5c181a4f95591f8221
世界が熱狂の渦に包まれているサッカー「FIFAワールドカップカタール2022」大会(以下、W杯)。日本代表が活躍していることもあって、これからまた盛り上がりを見せそうだ。 日々、国際情勢を追っている筆者としては、国家同士の政治的・外交的な関係を踏まえて、つい別の角度から戦いを見てしまう。 【写真:抱き合って喜ぶ三笘薫選手と田中碧選手】
◆スタジアムの外で小競り合いも
例えば、予選グループBのアメリカ対イラン戦は、両国の緊張関係がのぞかれた。過去75年にわたる歴史的な緊張関係を背景に、イランの核開発問題も膠着(こうちゃく)するが、2022年9月にイランの首都テヘランでヒジャブ着用を巡って道徳警察に殺害されたとされる22歳の女性に関連し国内で反政府デモが続いていたことで、アメリカはイラン治安当局幹部らに同月、制裁措置を課したところだった。 そんなことから、試合でアメリカが勝利した後には、スタジアムの外で、イランのサポーター同士が、親政府と反政府に分かれて小競り合いしていたことが、フランスの公共放送「France 24」によって報じられた。またアメリカが得点を入れた後、イランのジャーナリストによって反政府派が花火を上げた映像もツイートされている。 「スポーツに政治を持ち込むな」という主張があるのは分かっているが、国同士が国旗を背負って戦う以上、こうしたスポーツの外にある政治的な側面を無視できないのも仕方がないだろう。さらにそれが試合にスパイスを与えることも事実である。 こうした話に加えて、今回のサッカーW杯を巡っては、大会開催前から開催国カタールについて、いくつかの問題で批判が続いていた。
◆汚職疑惑や労働環境の批判も
まず、開催地決定を巡り、汚職疑惑が指摘されてきたことがある。 カタールが開催地に決まった当時、FIFA(国際サッカー連盟)の会長だったゼップ・ブラッター氏は、大会開始直前になってカタールが開催地に選ばれるべきではなかったと発言して物議を醸した。 というのも、2010年にホスト国に決定して以降、投票に絡んだ汚職が取り沙汰されており、FIFA幹部だったカタール人ビジネスマンが票を確保するために何億円もの賄賂をばら撒いたとされる(この人物はFIFAでの活動を後に禁止された)。 事実、当時カタールに決定した際に投票に参加したFIFA幹部22人のうち、16人が告発または活動禁止処分にされている。 またそれ以外にも、もともとW杯をホストできるような設備がなかったカタールでは、大規模なスタジアムなどが建設された。その工事では、ひどい労働環境が批判され、メディアでも大きく報じられてきた。
◆死者数は本当に37人だけなのか
人口の90%が移民労働者であるカタールでは、スタジアムなどの建設も全て外国人労働者が安い賃金で担う。かたや人口の1割ほどのカタール人は平均世帯月収が2万ドル前後で、スタジアムなどの建設に直接関わることはない。 例えば、フランスのテレビ局によるドキュメンタリーでは、ケニアからカタールに出稼ぎに来ていた労働者に密着。その男性は、ケニアよりも2~3倍の給料が稼げるという触れ込みで、1500ユーロの手数料を払ってカタールの首都ドーハに到着したという。しかも、食事と住まいも確保されているという契約だった。 ところがカタールでは、何人もが部屋に詰め込まれ、キッチンも冷蔵庫もないような劣悪な環境で、賃金未払いのまま働かされている人も。しかも、パスポートを取り上げられているため、地元当局に文句を言えば、そのまま報酬をもらえずに強制送還になる。 W杯に向けた灼熱(しゃくねつ)の工事現場の過酷な環境で働くことで、これまで少なくとも6500人以上が死亡しているとの批判も出ている。インドやスリランカ、バングラデシュ、ネパールからの労働者で合わせて5927人が、さらにパキスタンからの出稼ぎで824人が死亡しているという。これには、アフリカ諸国からの労働者は含まれない。 一方で、カタール側は、スタジアム建設で死亡した人の数は37人だけだと主張している。
◆北朝鮮からの労働者たちも
さらにこんな指摘もある。アフリカやアジアから出稼ぎに来る人たちの中には、北朝鮮からの労働者たちもいたというのだ。決勝戦が行われるドーハ近郊のルサイルスタジアムでは、2021年ごろまで北朝鮮の労働者が最大で2800人も働いていたと指摘され、カタール政府も北朝鮮人労働者が出稼ぎに来ていたことを認めている。 米外交専門誌フォーリン・アフェアーズの報道によれば、こうした労働者の稼ぎの9割は北朝鮮政府に徴収され、そうした外貨が核やミサイル開発の資金になっているという。 つまり、今回のW杯決勝戦のスタジアムの建設作業の一部が、北朝鮮の核・ミサイル開発につながっている可能性があるということになる。 ここまで見てきた通り、W杯のような世界的な大会となると、さまざまな国際問題が顕在化することになる。それは政治問題にもなっていくのである。 前出のブラッター元会長は、イラン国内で起きている反政府デモなどを受けて、インタビューでイランを出場させるべきではないとも発言してニュースになっている。FIFAの元トップすら、堂々と政治的な発言をスポーツに持ち込んでいる。現実は、スポーツは政治や外交と切っても切り離せない。 とにかく、今回のカタールのサッカーW杯では、さまざまな疑惑や批判が渦巻いている。そうした犠牲の上に、世界で50億人が注目する4年に1度の華々しい大会が開催されているという事実は忘れないほうがいいだろう。 山田 敏弘プロフィール ジャーナリスト、研究者。講談社、ロイター通信社、ニューズウィーク日本版に勤務後、アメリカ・マサチューセッツ工科大学(MIT)でフェローを経てフリーに。 国際情勢や社会問題、サイバー安全保障を中心に国内外で取材・執筆を行い、訳書に『黒いワールドカップ』(講談社)など、著書に『ゼロデイ 米中露サイバー戦争が世界を破壊する』(文藝春秋)、『モンスター 暗躍する次のアルカイダ』(中央公論新社)、『ハリウッド検視ファイル トーマス野口の遺言』(新潮社)、『CIAスパイ養成官 キヨ・ヤマダの対日工作』(新潮社)、『サイバー戦争の今』(KKベストセラーズ)、『世界のスパイから喰いモノにされる日本 MI6、CIAの厳秘インテリジェンス』(講談社+α新書)。近著に『プーチンと習近平 独裁者のサイバー戦争』(文春新書)がある。
山田 敏弘
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