Source:https://news.yahoo.co.jp/articles/2d64b2f91e03fa47c24f1ed1d592c454575c3ccd
「あれ、こんなところでおじさんが働いてる……」 近年、非正規労働の現場でしばしば「おじさん」を見かける。しかも、いわゆるホワイトカラーの会社員が、派遣やアルバイトをしているケースが目につくのだ。45歳定年制、ジョブ型雇用、そしてコロナ──。中高年男性を取り巻く雇用状況が厳しさを増す中、副業を始めるおじさんたちの、たくましくもどこか悲壮感の漂う姿をリポートする。 【写真】ホテルの宴会場では食べ残しも多く発生する (若月 澪子:フリーライター) ■ おじさんに優しい副業バイトとは? 地球に優しく、かつ経済成長も可能な環境対策はあんまりなさそう。同じように、おじさんに優しく、かつ稼げる副業も世の中にそんなにないようだ。 「これはおじさんに優しい副業かも……」と思って話を聞いてみても、実際は「グリーンウォッシュ」(内容が伴わない、うわべだけの環境対策)ならぬ、「おじさんウォッシュ(? )」だと思うことも多い。 そんな折、「夜や土日の求人が多いホテルの宴会場設営は、時給が高く、中高年男性が比較的多い」というウワサを聞き、「すわ、おじさんに優しい副業か?」とバイトに入ってみることにした。 コロナ禍といえども、年末は都内のどこのホテルも活況。宴会場は忘年会や結婚式、シンポジウムや会議の予約で埋まり、日ごろの人手不足がさらに加速する。 「1日80名のスタッフを集めようとしても、半分も集まらない日もある」 ホテルなどの飲食関係に人材を送り込む、とある派遣会社のスタッフが嘆いていた。 筆者も都内にある高級ホテルの「宴会準備スタッフ/時給1500円/17~22時」というバイトに申込んでみたところ、「明日来られるなら、来てください!」と即オンライン面接、即採用となった。
■ 外国人とおじさんは裏方担当 当日、指定されたホテルの裏口から入ると、バイト専用の衣裳部屋に案内され、黒ズボン、ベスト、白シャツに着替えさせられた。 集まったバイトの面々は、大学生らしき日本人の男女数名、若いアジア系の男女数名。このホテルで働く外国籍の人は、モンゴル人、ネパール人、ウズベキスタン人が多いという。 そして、50代前後と見られる中高年男性が数名いる。すでにホテルの制服に着替えているので、どういう素性のおじさんかはわからない。 ホテルの担当者が、筆者にこそっと話しかけてきた。 「今日はウラの仕事だけど、今月空いている日があれば接客をやらない? 接客は日本人女性を優先するから。日本人が足りない時は、外国人の、日本語レベルが高い女性をオモテに出すことになるんだけど……」 「私のような中年女でも、まだ高級ホテルのオモテの仕事で使ってもらえるのか……」と、一人ニヤける筆者。どんなに人手不足でも、日本人のバイトのおじさんが、オモテの仕事に回されることはないのだろう。 最初の仕事は、深紅の絨毯にシャンデリアがきらめく大規模宴会場の片付け。何のパーティーかは不明だが、つい先ほどまで「宴もたけなわ」だった様子。 人だけがいない会場には、真っ白なテーブルクロスに、食べ残しの皿と飲みかけのグラス、ビール瓶やワインボトルが放置されている。8人掛けの円卓がおよそ30卓はあるだろうか。 特別な指示はなく、周りのバイトが動き始めたので、見よう見まねで食器を片付ける。残飯をカート付きの大きな容器に入れ、酒のボトルの飲み残しをバケツに流し込む。 手つかずの料理がいくつもある。「野菜の皮までキンピラにする、エコロジー派の主婦(自称)」からすると、そんな日々の努力をあざ笑うかのような残飯の山には唖然とする。 「このまま持って帰って冷凍すれば、少なくとも1カ月は我が家の夕食が賄えるな」などと貧乏くさいことを考えながら、料理を捨てまくる。
■ ホテル宴会場ウラのスラム街 すべての皿や残飯が片付いたのは1時間後くらいだろうか。その後は、テーブルクロスをはぎ取り、机と椅子をバックヤードに運ぶ作業が始まった。おじさんがメインの仕事だ。 「女性は力仕事をしない」と聞いていたが、この日は人手不足で、そこは容赦なし。自分の身長ほどもある丸テーブルを畳み、転がしながら宴会場の裏側へ移す作業を命じられる。 テーブルを転がすと言っても、かなり重量があり、バランスが取りづらい。向こう側に倒れそうになりながら、自分の方に倒れてこないように転がすと、相当な圧が肩にきた。 「とにかく怪我だけはしないで!」 ホテルの社員から何度も釘を刺される。おじさんや若い外国人男性が積極的に動いてくれたが、この仕事は65歳を過ぎたら無理だと思う。肉体に限界が来た時、ここでのおじさんの商品価値は外国籍の青年以下になるだろう。 机を転がしながら宴会場のバックヤードにたどり着くと、そこにはどこの国のスラム街かと思うような光景が広がっていた。 食器用のワゴンには、麻婆豆腐、ソースのかかったムースなどがべっとり皿にこびりついたまま。洗濯物のカートには、使用済みのおしぼりやテーブルクロスが山積みになっている。それらが狭い通路にいくつも放置され、残飯とアルコールの混ざった不快なニオイが充満していた。 通路にはキッチン担当の外国籍の人の母国語が飛び交い、その脇を日雇いバイトのおじさんが額に汗を浮かべ、椅子やテーブルを運ぶ。 「危ない、危ない! そこ、通るからどいて!」 ヘルメットにスタジャン姿のスタッフ、電気工事の作業服の一団、音響装置や大道具が次々と横切っていった。大規模宴会場で次のイベントのセッティングが始まったらしい。今度はとあるIT企業の展示会場に変身するという。 華やかで広々とした宴会場のウラにある、狭く薄暗いスラム街。そんなパラレルワールドで、2年前から週末に副業バイトをしているという、会社員のUさん(52)に話を聞くことができた。
■ 宴会場で働く中高年の本音 「本業でもシンポジウムや会議でホテルの宴会場に来ることがあって、ウラ側がどうなっているのか見てみたいと思っていました。たまたまアルバイトサイトで見つけて、月に数回働いています」 聞けば、Uさんは誰もが知る有名企業のエンジニア。工場などで使用される自動システムを作っているという。年収もそこそこあるようだし、なぜ副業をしているのか。 「30年同じ会社で働いてきましたけれど、50歳を過ぎて定年後のことを考えた時、今まで培ったスキルが外では通用しないのではと思うようになりました。退職したら、いっそ全く違う仕事をしてもいいのではないかと、副業を試しているところです」 長年勤めてきた会社に最適化され、外で戦える武器が何もないと不安を感じている中高年は多い。Uさんは、ほかに「家庭教師のトライ」にも登録し、中学生に数学を教える副業ができないかと考えているが、そちらからはまだ依頼がないそうだ。 Uさんにホテルの宴会場の仕事が、キツくないのか聞いてみた。 「この年ですから、土日にバイトすると、水曜日くらいに疲れがきます。でも、机や椅子を運ぶ作業は、運動になっていい。スポーツクラブに行くより、お金ももらえるし。それより100枚以上のナプキンを折り畳む作業をやらされるのが一番イヤ。単純作業がつらい」 宴会場設営は椅子やテーブルの移動が一段落つくと、ナプキンを畳んだり、ナイフやフォーク、グラスを磨いたりする仕事をすることがある。 Uさんはこうした単純作業を通して、自分の本業について考えさせられたという。 「会社では、単純作業を人の代わりに機械がやるシステムを作っている。世の中の仕事を単純化させている自分が、実は未来の自分の仕事を奪っているのかもしれない。皮肉だなと思って……」
■ 「持続可能」なおじさんを目指して 休憩時間に、日雇いバイトにホテルからまかない弁当が出た。ウズベキスタン人の青年が、「豚肉ガハイッテナイ弁当、アリマスカ?」と尋ねてくる。イスラム教徒の彼は、豚肉が食べられないようだ。 あいにく、用意された弁当は「味噌カツ」や「豚の生姜焼き」ばかり。ウズベキスタン青年は弁当を諦め、持参したリンゴをかじって飢えをしのいでいた。 休憩後に、大規模宴会場をのぞいてみると、IT企業の展示会の設営がかなり仕上がっている。こういう会社は羽振りがよさそうだ。 木材で作られたウッドデッキ調のステージを中心に、森の風景の映像がスクリーンに流れ、今流行のSDGsでエコロジーな雰囲気だ。SDGsのマークも、あちこちにプリントされている。 このIT企業が使用した小宴会場で、弁当の山を片付けるように命じられた。手つかずの弁当20箱ほどは、このまま廃棄されるのだろう。弁当にありつけない人がいる一方で、弁当を捨てている現実。全くSDGsではないが大丈夫か。 「ウラ側ってどこもこんな感じなんでしょうね。食べ残しの山を見ると驚きます」 Uさんも乾いた笑いを浮かべていた。肉体労働も接客もできず、単純作業もAIに代わっていったら、いつかおじさんも捨てられてしまうのか。いやいや、経験豊富で忍耐強い日本のおじさんを捨てるのは「もったいない」。 SDGsは2030年までに「世界の飢餓や貧困をなくす」「気候変動の緊急対策を講じる」など、壮大なゴールを目指しているようだ。ついでに「持続可能なおじさんの開発目標」も掲げてみてはどうだろう。本家より先に達成できるような気がするのだが。
若月 澪子
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