Source:https://news.yahoo.co.jp/articles/f9c04bcf31af06868d309f59495ed5ee7b7e17e1
現代サッカーは“オイルマネー”を中心に回っている――。 そんな表現が大袈裟でないほど、カタールを中心とした中東の国々がサッカー界にもたらす影響力は肥大した。 イングランドのトップクラブであるマンチェスター・シティは、UAE(アラブ首長国連邦)のアブダビ首長家の王子であるシェイク・マンスール・ビン・ザイード・アル・ナヒヤーン 氏が2008年にオーナーに就任後、莫大な投資でプレミアリーグを席巻している。昨年にはサウジアラビアの政府系ファンドが、同じくプレミアリーグのニューカッスルを買収。リーグで3位につけるなど、躍進著しい。そして、カタール国家が実質的なオーナーであるフランスのパリ・サンジェルマン(以下・SG)に至っては、国家単位のクラブへの投資を経て、ネイマール・ジュニオール、キリアン・エムバペ、リオネル・メッシといった名だたるスーパースターを呼び寄せた。カタール系ファンドが筆頭株主となった11年以降、フランスのリーグ・アンでは優勝8度、2位を3回という成績を残し、一躍欧州のトップチームへと登りつめている。 中東国の影響力はもはやクラブだけに留まらない。圧倒的な資金力を背景に、カタールのナショナルチームは19年のAFCアジアカップを優勝。ついには歴史上初の、中東でのワールド杯開催まで実現させている。
生命を脅かされる移民労働者
しかし、急速な発展には歪が生じることも世の常だ。日本メディアの報道は限定的だが、現在開催中の国際サッカー連盟(FIFA)ワールドカップ(W杯)カタール大会では、様々な問題が露呈している現実もある。 英「ガーディアン紙」はカタールW杯の開催決定以降の10年間で、労働者約6500人が死亡したと報道。カタール大会組織委員会のハッサン・アル・サワディ事務局長は、W杯開催に伴う事業で死亡した外国人労働者が推定400~500人いる、と英メディアの取材に答えている。膨大に膨れ上がったスタジアム建築費に、同性愛者への人権侵害問題も、カタールW杯への批判をより一層強める原因だろう。FIFAのゼップ・ブラッター前会長がスイス紙「Tages Anzeiger」のインタビューで、「カタール開催は間違いだった」と語ったことでも波紋を呼んだ。 中東でサッカービジネスに携わる山本稜真氏は、現地の様子をこう話す。 「カタールW杯は65億ドル(約8973億円)を生み出すと予想されており、これは過去すべての大会を上回り、2002年の日韓大会の4倍にも相当する数字です。 従来のW杯は各国のリーグ戦がシーズンオフになる6、7月に行われてきましたが、今回はカタールの異常気象ともいえる猛暑が原因で、冬にスライドさせての異例の開催となりました。その猛暑により建設現場で働く何千人もの移民労働者が、生命を脅かす暑さと湿度にさらされていることが現地の調査でも明らかになっています。 しかしながら、『異常気象により日程が遅れたことで、結果的に1年で最も有利なテレビ広告の期間内に試合が行われることになり、大きな収益をもたらす』と、中東では皮肉も込めて報道されています」 以前、筆者がカタールを訪れた際には、至るところで大掛かりな工事が行われていた。そこで働く人達の多くは、ネパールやバングラデシュといった国々からの出稼ぎだった。立ち並ぶ高層ビルや宮殿のような建物の建築ラッシュの現場には、カタール人は見当たらない。浮世離れした建物から少し歩いた路地裏には、同じ国とは思えないほど貧相な小屋が並ぶというコントラストが際立っていた。
カタールの国家的育成プロジェクト
豪勢な建物に居住する王族たちは、国家レベルでサッカー界に巨額の投資を行ってきた。代表的なものが、国家的育成プロジェクトである「アスパイアアカデミー」の存在だ。 04年にスタートしたこの巨大育成機関には、約2000億ドル(約27兆7700億円)という天文学的な費用が投入されてきた。アフリカを中心に世界中からエリート選手を集め、育成した後に帰化をさせるという手法は、既にカタールの代名詞となりつつある。実際に今大会のカタール代表の大半も、アカデミー出身者が占める。 段階的に進められてきたアスパイアの育成計画だが、内情はかなり緻密な計算のもとに成り立つ。まずはスペインリーグ(ラ・リーガ)の名門クラブであるFCバルセロナで活躍したペップ・グアルディオラやサミュエル・エトーといったサッカー界の重鎮を自国リーグで獲得し、スペインとの関係性を構築する旗手とした。更にはカタール最大の権力者であるタミム首長の一族が巨額のオファーでFCバルセロナからシャビ・エルナンデスを呼びよせ、「バルセロナコネクション」を確立。以降、ラ・リーガから数多の指導者達を招聘してきた。 アスパイアの設立時にコーチを務めた、元バルセロナのコーチであるブラス・チャーリン氏が、アカデミーの狙いについてこう解説する。 「アスパイアはその潤沢な資金力を背景に、将来のカタール代表のW杯優勝を目標に設立された。当初、サッカー文化が根付いていない国を強化するということは無謀にも思えた。それで長期的なスパンの中で、段階的に強化していくという方針となったんだ。 設備、運営資金、居住環境、指導者の質は間違いなく世界トップレベルの水準にある。年間50億円程度だった強化費用も、今では100億円を超えるほどだ。 一時期はスペインサッカーへと傾倒し一定の成果を収めたが、現在はイングランドプレミアリーグへの注力も目立つ。時代の変化をキャッチする柔軟性も特徴だ。同時にアスパイアは欧州クラブとの連携も強めてきたが、これはプロジェクトが次のステップへと移行しつつあることを意味している」
10以上の欧州クラブで株の99%を保有
ブラス氏の言うようにカタールの「アスパイアグループ」は、近年欧州クラブの買収に腐心している。スペインを中心に、ポルトガルやベルギーといった国々の1部から3部までのクラブが主な対象だ。もちろんこれも長期的な強化対策の一貫だが、その背景には何があるのか。 ラ・リーガのオフィシャルパートナーシップ企業であり、スペインと中東のサッカー事情に詳しい「ワカタケグループ」代表の稲若健志氏が語る。 「現在、アスパイアグループが99%株を保有するクラブは欧州に10以上を数えます。大株主や提携クラブを含めれば、その数は更に膨れ上がる。これはカタールがその気になれば、いつでも欧州に自国の選手たちを送り込めるということ。カタールは常に欧州の経営難のクラブに目を光らせていて、今後もこの数がもっと伸びていくことは確実です。つまり、欧州サッカー界でのカタールの存在感は、より一層高まる可能性が極めて高い。アスパイアはこれまで自国リーグの強化、還元に注力してきましたが、それだけでは限界があった。今回のW杯の敗退を経て、一気に欧州へと選手を送り出す流れが加速するとみています」 興味深いのが、軋轢を生むリスクも伴うクラブ買収で、欧州からは批判する声がほとんど上がっていないという点だ。元日本代表の井手口陽介が所属したことでも知られるスペイン3部のクルトゥラル・レオネッサもその1つだが、アスパイアグループの傘下となったクラブとの関係は良好のようだ。稲若氏が続ける。 「レオネッサや買収されたクラブのデイレクター達と話していても、驚くほどみんなアスパイアに友好的です。その理由は『金だけ出して口を出さない』ということに行き着く。つまり、問題にならないだけのお金をしっかり払っているということです」
カタールとUAEのサッカー戦略の違い
ここで、カタールの比較対象として分かりやすいのがUAEである。カタールがサッカー界に投資を始めたことを受け、UAEでも13年頃からオイルマネーの投入が始まった。かつて断交、国境封鎖も行ってきた隣国同士は、カタールがラ・リーガのバルセロナへとアプローチすれば、UAEはバルセロナのライバルであるレアル・マドリードとの関係づくりで対抗してきた。現在も、レアルの名選手だったミチェル・サルガドが移住し、「フルサンヒスパニア」というUAEリーグ2部のクラブの経営に携わっている。 サルガド氏のコネクションを活かし、元レアルのゴールキーパー(GK)であるイケル・カシージャスがドバイ全土のGK育成に関わり、ロベルト・カルロス、ルイス・フィーゴ、クラレンス・セードルフといった往年のレジェンド選手達も強化に尽力しているという。 だが、カタールとUAEでは明確な違いもある。かつてレアル・マドリードにコーチとして籍を置き、現在はフルサンヒスパニアの監督兼デイレクターであるイニアッキ・ベニ氏が断言する。 「カタールは国家単位で強化を考えているが、UAEではスポーツ協会があり、その下に各クラブのオーナーの王族達がいて、個々で考えが違う。決定的なのは、カタールが自国の強化という“内”に向いていることに対して、UAEではあくまでサッカーをビジネスの一貫として捉えていることだ。 これまで中東で育成して、欧州リーグへ移籍する成功例はほとんどなかったが、今年フルサンからラ・リーガ1部のセルタ・デ・ビーゴとプロ契約を結んだ選手も出てきた。彼はカメルーンの英雄ロジェ・ミラの息子のジャルマン・ミラで、既にスペインでも注目を集める存在だ。 UAEではいかに選手を育て、売っていくか、という未来への投資により注力していると言えるね」 これまでの中東のビジネスモデルは、あくまで資金を出す側に留まっていた。だが、本当の意味での強化を考えると、その手法では限界があると感じている関係者も少なくない。確かにカタールやUAEのリーグを見渡せば世界的な名手の名前が散見され、アフリカなどからの帰化選手の中にはスーパーな選手も出てきている。それでも、まだまだ地元のローカル選手との差は大きい、とベニ氏はいう。
移籍金の高騰と広がる格差
巨額のオイルマネーの存在により、移籍金の高騰が顕在化し、サッカー界のパワーバランスが崩れるという問題も引き起こされている。UEFA(欧州サッカー連盟)もFFP(ファイナンシャル・フェアプレー/移籍金や人件費などの支出がクラブの収入を上回ることを禁ずる規約)規約を設けるなど対策は講じているが、抜本的な解決には至っていない。実際にFFPに違反したパリSGは、約90億円の罰金を支払い、通常のコンペティションに参加を続けている。このことからも、金銭で解決できる問題なことは明らかだろう。 現状の制度のままでは、クラブ間の格差は広がる一方だと、ベニ氏は警鐘を鳴らす。 「ネイマールがパリに移籍した際の移籍金2億2200万ユーロ(約293億円)はサッカー史上最高額であり、移籍金のバランスが大きく変動した。以降、年々選手の移籍金の高騰が続く。FFPなどの規律は効果的ではあるが、まだまだ脆く、曖昧な部分が多い。更に、施設やトレーニング環境はFFPに引っかからないとも言われている。その点、全ての基準を一気に世界トップレベルのチームに引き上げる資金力が中東にはある。マンチェスター・シティやパリSGのように、オイルマネーでほぼ上限なく多くのスター選手を獲得するチームとのバランスを取る為にも、サッカー界全体でしっかりとした制度を考える時期に来ているのは間違いないね」 ある欧州のエージェント(代理人)は、「クラブを強くするには中東へ売却するのが一番手っ取り早い」と皮肉たっぷりに打ち明ける。中東勢の台頭により引き起こされた地殻変動の深度を知るほど、これは虚言ではなく、サッカー界の通念として浸透しつつあることを痛感するのだ。
ノンフィクションライター 栗田シメイ
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