Source:https://news.yahoo.co.jp/articles/8feff7dc54a1ff20248fc31fba887ea0ebb47e0e
「中華物産店」という、ちょっと変わった業態がある。店内で売られているのは中国や台湾などから仕入れた珍しい中華食材だ。こうした店舗は、都内ではJRターミナル駅の上野や池袋、あるいは横浜の中華街や中国出身者が多く住む埼玉県川口市などに見られたが、最近あちこちに出現するようになった。東京メトロ・丸ノ内線の東高円寺や有楽町線の月島など枚挙にいとまがないが、「物産店」の立地はかなり広域化している。コロナ禍の東京で、いったい何が起こっているのだろうか。(ジャーナリスト 姫田小夏) 【この記事の画像を見る】 ● 帰国できない在日中国人、日本の調味料の味がなじまない 都心における「中華物産店(以下、物産店)」の増加は、首都圏に住む中国人の生活事情を映し出している。 例えば、コロナ禍の在日中国人の生活の変化もそのひとつ。 日本語学校に留学する陳宇軒君(仮名)は、週1でJR山手線の新大久保駅にある中華物産店に足を運ぶという。ここで買うものは主に中国製の調味料だ。もともと陳君の食生活はコンビニの弁当や外食が多かったが、弁当は食べ飽き、中華料理店の休業が続いた中で、やむを得ず自炊をするようになったと語る。 「中華物産店では、中国から輸入されたしょうゆやみりん、オイスターソース、ラオガンマー(ラー油)を買います。日本産のしょうゆやみりんは味が薄くて、どうしてもなじまないんです」 新型コロナウイルスがまん延する前までは、中国の実家にも帰れたし、訪日した親や親戚が中国の食材を持ってきてくれた。しかし、今、往来が途絶える中で、中国人留学生たちは祖国の味をより渇望するようになった。
● 高田馬場でも新規開業、早くも競争時代に突入 留学生が集まるJR山手線の高田馬場駅早稲田口周辺では、この1年以内に少なくとも3軒の「物産店」が開業した。 12月でちょうど1周年を迎えたA物産店では、中国産以外にも、タイ産やベトナム産の調味料や菓子、加工食品が所狭しと並べられていた。取り扱いアイテム数はざっと1000を超えるという。陽気な店主は「僕たち中国人には、濃厚な味付けの加工食品や激辛の調味料は欠かせないんですよ」と話す。 店主は留学生として訪日し、卒業すると日本企業に就職したものの、日本の企業文化になかなかなじめず、退職。「日本製品の輸出で稼いだ資金を元手に、コロナ禍の逆境で店を立ち上げた」と語る。 30年ほど前、首都圏では物産店はまだまだ稀少で、干しエビやビーフンさえも手に入りにくかった。ちなみに筆者がその頃、初めて訪れた物産店は横浜中華街だったが、薄暗い店内で扱う商品は乾物ばかりといった具合だった。しかし、このA物産店の、日本のコンビニさながらの明るく清潔な店内は隔世の感がある。 A物産店の数軒先にはB物産店があった。今年2月にオープンし、菓子、飲料、加工・冷凍食品を中心に扱う、いわば“典型的な物産店”である。価格訴求型の経営を意識しているようで、中国人の間で人気の「元気森林」というカロリーオフのドリンクが他店よりも80円も安く販売されていた。従業員も愛想がよく、ちょっとした質問にも親切に答えてくれた。 一方、C物産店では、従業員が「物産店はあまりに増えすぎた」と嘆いていた。新興の「物産店業界」は早くも生き残りを懸けた競争状態に突入しているようだ。そのため、高田馬場駅界隈の物産店は、差別化を意識した経営が印象的だ。 このC物産店は、店舗内に厨房をしつらえたのが大きな特徴だ。上海の小籠包や広東のチャーシューなど、作りたての名物料理をテイクアウトできるようになっており、コンビニのようなイートインスペースも設けた。また、看板は日本語でも表記され、日本人客の取り込みにも積極的になっていることがうかがえる。 前出のA物産店の店主は「野菜の販売が伸びている」と言い、店舗のほぼ半分を野菜の販売スペースに費やしている。都心から八百屋さんが姿を消して久しいが、ここを“八百屋さん代わり”にして訪れる客は少なくないようだ。店頭にはドリアンやドラゴンフルーツなどの輸入果物も並び、果物には目がない中国人の関心を引いている。
● 「投資するなら中華物産店が狙い目」、この業態の魅力とは 2020年5月、筆者は沖縄在住の中国人ユーチューバーが「日本に投資するなら中華物産店が狙い目だ」と呼びかける動画を見た。一部のカネ余りの中国人の間では「日本への投資に関心はあるが、何に投資していいかわからない」という声があるそうで、このユーチューバーは「飲食店に次いでハードルが低いのが中華物産店だ」と力説していた。 その利点のひとつは「仕入れも販売も中国人相手で、難しい日本語を使う必要がない」というものだった。日本人相手の店舗経営は不得手とする中国人が、まずは「中華料理店」を開店するのも合点がいく。物産店なら小資本で従業員数も少なくて済むというのも、この業態の魅力だと説明していた。 他方、C物産店の経営母体は、もともとインバウンドで成功した中国系企業である。同社ホームページを見ると、旅行会社、ホテル、ドラッグストア、バス事業など、インバウンド業務を積極展開してきた痕跡が見て取れた。 数年前まで、日本のインバウンドは多くの中華資本を引きつけ、民泊やドラッグストア、不動産などへの参入を促してきたが、コロナ禍で観光業界は惨憺(さんたん)たる状況に陥った。「物産店」に新たな商機を見いだす事業者の中には、こうした背景を持つ法人や個人もいる。 ● 日本人もお世話に?ドイツの「アジア物産店」 急増する「物産店」だが、今や「中華物産店」という呼び名も適当ではないようだ。 各国の食材を扱っている実態からすると「アジア物産店」とするのがふさわしい感じがする。その「アジア物産店」について言えば、都内には中国など東アジアを中心とするものと、インドやネパールなど南アジアを中心とするもの、また「ハラル」にこだわるイスラム系を中心とするものなどがある。 東京の三大商店街のひとつといわれる北区の十条銀座商店街では、コロナ禍を経て、軒並み南アジア系の「アジア物産店」が増えた。ゴミ出しの注意書きも、南アジアの言語を含む多言語で書かれていることからも、界隈はアジア系住民が多く住んでいることがわかる。 「アジア物産店」の出現は日本だけに限らない。
ドイツにはもっと巨大な“アジアスーパー”が大々的に店舗展開を行っている。フランクフルトの目抜き通りのショッピングセンター「Galeria」の地下では、ドイツ資本の食品スーパー「REWE」とアジア食材の専門スーパー「go asia」がフロアを二分している。 ここでは日本のコメやしょうゆ、ソースなどの調味料のほか、カレールーやうどんなどの必需品も売られている。中国人のみならず、フランクフルトに在住する日本人や中国人、韓国人にとって、「アジアスーパー」なしに生活することは難しい。 かつて筆者が生活していた上海でも、多くの日本人駐在員家庭や留学生などが日本食材店にお世話になった。こうした業態が確立される前の90年代中盤までは、「駐在員たちはコメ、みそ、しょうゆをトランクに詰め込んで上海に渡航した」といわれてきたが、2000年代以降、上海での食生活は日本人にとって劇的に変わった。 「日本食材店」のおかげで食卓は日本とさほど変わらないものとなり、日本食材店を中心に日本人が多く住む“日本人村”が形成されるようになった。日本人駐在員相手の不動産仲介業者にとって「近くに日本食材店があります」ということは欠かせないセールストークになった。 総務省が11月30日に発表した国勢調査(2020年)によれば、日本の外国人人口は274万7137人で総人口の2.2%となり、前回調査の2015年から83万5000人の増加(43.6%増)となった。国籍別では中国が66万7475人(総数の27.8%)で最多となった。 一方、出入国在留管理庁の統計からは、中国以外のアジアを出身とする外国人がここ10年で急増していることがわかる。ベトナム人は2010年の4万人から2020年には44万8000人と11倍以上も増え、またネパール人は2010年の1万7000人から2020年には9万5000人に増えた。 物産店の大量出現が告げるのは、私たちが住んでいる町も間違いなく多国籍化が進んでいるという現実だ。町の小さな変化からは、少子高齢化と人口減少下で進む日本の近未来像が透けて見える。
姫田小夏
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