2019年5月29日水曜日

「手術か子どもか。選ぶことの出来ない2つの選択肢」を迫られる人々

Source:https://headlines.yahoo.co.jp/article?a=20190527-00027412-forbes-int
5/27(月) 、ヤフーニュースより
Forbes JAPAN
日本の人口の8.9%、約11人に1人はLGBT(レズビアン・ゲイ・バイセクシャル・トランスジェンダーなどのセクシャルマイノリティの人々の総称)だと言われる。とても身近な存在だが、日本社会で生活するトランスジェンダーの多くが究極の選択に迫られていることは、あまり知られていないのではないだろうか。

「手術か子どもか。選ぶことの出来ない2つの選択肢。絶望です」。

4月に公開された国際人権団体ヒューマン・ライツ・ウォッチの報告書で、トランスジェンダー女性の悲痛な声が紹介されている。彼女は女性だと自認しているが、戸籍の上では男性のままだ。

日本では2003年に「性同一性障害者(GID)特例法」が施行され、複数の医師の診断と性別適合手術などを要件に、生まれた時と異なる性別を戸籍に記載することができる。しかし、LGBTの全員が性別適合手術を受けたいと思っているわけではない。上述のトランスジェンダーの女性は、「自分の遺伝子を持つ子どもが欲しい」と手術を受けない決断をした。

性別適合手術を受けるには、保険適用が難しい100万円以上とも言われる高額な手術費と、継続したホルモン治療が必要になる。生殖腺を摘出すれば子どもはできず、後戻りはできない。しかし、手術を受けなければ、パートナーとの結婚もできず、社会生活上の不便を強いられる。特に深い悩みを抱えているのが戸籍上の性別が変更可能になる20歳前の子どもたちだ。

国際人権団体のヒューマン・ライツ・ウォッチは、この問題を取り上げた報告書を3月に発表。「性同一性障害者特例法」によって、トランスジェンダーの人々が非自発的な断種を強制されているとして、日本政府に同法の改正などを求めている。

5月20日から28日にかけて開催される世界保健機関(WTO)の総会では、国際疾病分類(CID)の精神疾患のリストから性同一性障害(GID)が正式に除外される。新しい世界基準に合わせて、日本政府と日本の企業にいま、どのような行動が求められているのか。報告書を執筆したカイル・ナイト調査員にインタビューした。

━━この報告書の執筆のきっかけについて教えてください。

2016年に発表した日本の学校におけるLGBT生徒へのいじめと排除に関する報告書「出る杭は打たれる」がきっかけでした。約40人のLGBTの大人、そして青少年にインタビューをしましたが、その時に多くの若者が「大人になるのが怖い」と言っていました。彼らは成長して、大学に行ったり、仕事を始めたりする際に、戸籍上の性別を変えないといけない、そのためには性別適合手術を受けないといけないと考えていました。それが怖い、と言っていたのです。当時はいじめに焦点を当てて報告書を書いていたので、その後再訪問し、状況を調査しました。インタビューを追加し、HRW日本代表の土井香苗氏と報告書をまとめました。

━━報告書には、トランスジェンダーとして啓発活動をしている杉山文野さんが協力していました。

日本では、同性婚は認められていませんが、性別適合手術を受けて、戸籍上の性別を変えれば結婚はできます。杉山さんの場合、手術は受けておらず、戸籍上は女性のままです。女性のパートナーと結婚することはできません。パートナーの女性には赤ちゃんがいますが、杉山さんは父親になりたくても、手術を受けていないので、戸籍を変えることができず、彼女と結婚して赤ん坊の父親になることはできないのです。
記憶に残った話
━━インタビューの中で特に記憶に残る話はありましたか。

私がインタビューをした子供たちは知的で頭が良く、将来有望な子ばかり。有名大学や立派な仕事を目指していました。でも、性同一性障害者特例法のために彼らは本当に怯えていました。「そんな手術は受けたくない」「身体を傷つけたくない」「高額な手術費や医療費をどうするのか」。14歳ほどの子供達です。子供が怯えながら成長しないといけない状況にいます。それは、とても心が痛むものでした。

もう一つは、報告書の中に書いた、トランスジェンダーの女性の話です。彼女は、「皆が手術をしているか、していないかにすごくこだわっている。でも、私たちはパンツを脱いで性器を見せながら生活しているわけではない。隣に座っているトランスジェンダーの人が手術を受けたかどうかなんてわからない。なんでそんなこと気にしないといけないの?」と言っていました。

私は世界中で調査していますが、この言葉を本当によく聞きます。ヨーロッパ、アメリカ、インドネシア、アルゼンチン、どこに行っても聞きました。この問題は、究極的には一人ひとりのプライベートな問題です。単に自分の生活をして、仕事を持って、家族を持って、やりたいことをしたいだけです。

都内のテクノロジー関連の大企業に働くトランスジェンダーの男性に会いました。非常に成功している方です。しかし、彼が戸籍上は女性であることを職場の人は誰も知りません。手術は受けていませんが、スーツ姿で、短い髪。男性の名前を使っています。皆、男性だと思っているでしょう。いい人生を歩んでいますが、法律によって、「一人前の市民」として認められていない。ただ、普通の生活をしたいだけなのに、それが許されていない。

手術をすることが悪いわけではありません。問題なのは「同意がなく強制されること」です。手術をしたければ手術ができ、したくなければしなくていい、という環境が望ましいのです。このような断種は、歴史的に多くの国で行われてきたことです。日本では、旧優生保護法の下で障害者に不妊手術をしていたとして、救済法案が成立したばかりです。なぜトランスジェンダーの人々に強制を続けているのでしょうか。

━━報告書を発表して、どのような反応がありましたか。

報告書を発表した後、数人の国会議員や厚生労働省の職員と面会しました。日本のように性別変更に手術を求める法律は、実は国際的に見ても、一般的なものだと言えます。ヨーロッパの多くの国々も似たような法律をほとんどの国が持っています。しかし同時に、そのような法律を持つ国々の多くが法改訂を検討しています。このような法律の多くは15年ほど前にできたもので、(性同一性障害を精神疾患とみなしていた)当時の知見に基づいています。それから15年で医学的な知見は大きく変化しました。

我々が面会した国会議員や官僚の多くは、日本も法律を変える時期が来ていると同意してくれたと思います。WHOの新しい国際疾病診断基準(ICD)で、性同一性障害は除外されます。それに合わせて、厚労省は対応を始めています。一方で、同法を管轄する法務省の対応は明らかではありません。

法改正すれば、手術を受けたくないと思っているトランスジェンダーの多くが救われるでしょう。一方で、手術要件を外すと『社会に混乱が起きる』との反対意見がありますが、例えばオランダは法律を変えましたが、何も問題ありませんでした。ラテン文化のアルゼンチンや、インドや台湾も変えましたが、問題は起きていません。
中国や韓国は
━━隣国の中国や韓国の状況はいかがでしょうか。

GIDに関して、中国と韓国の状況は基本的に日本に似ています。強調したいのは、法律がそのまま社会を表しているのではない、ということです。例えばタイはトランスジェンダーの人々に対して非常にオープンで受容度が高い国です。でもタイには性別転換の法律はありません。

ネパールを見てみましょう。ネパールは素晴らしい法律を持っています。2007年、世界で初めて最高裁判所が主導して性別変更のための全ての条件を外しました。しかし、ネパール社会そのものは、あまりトランスジェンダーに対してオープンとは言えません。法律が全てではありませんし、社会の受容の程度とのバランスが重要なのです。また、インドネシアやベトナムも法律自体がありません。

日本は法律で性別転換が定められており、それ自体はいいことですが、いま、改定の時期が来ているのです。

━━民間企業として、行動できることはありますか。

LGBT問題では、民間企業が多くの役割を担っています。たくさんの日本企業、特に金融機関や国際企業がセクシャルマイノリティのイベント「東京レインボープライド」にスポンサーとして参加しました。それは素晴らしいことです。

国際的なブランドの多くは、人権的な視点だけでなく、雇用の観点からもLGBTが重要だと認識しています。先ほどお話しした東京の企業で働くトランスジェンダー男性のように、職場の誰にも言えない大きな秘密を抱えながら働くことはとてつもないストレスです。メンタルヘルスにもよくないですよね。

法律が変われば、人々は「守られている」という感覚が得られると思います。実はあなたの職場にも東京の大企業でも、カミングアウトしていないトランスジェンダーの人々がいるかもしれません。彼らは安心して周囲の人に言うことができません。それを理由にクビになったり、いじめにあうかもしれないからです。法務省が彼らは病気ではないし、普通のことだ、と言うことは、とてもパワフルなメッセージになるでしょう。

日本は先進的な側面もあります。東京都では一部の自治体で同性婚の結婚証明書を出しています。2020年のオリンピック・パラリンピックも重要なタイミングです。オリンピック前に日本が法律を改正すれば、国際社会への強いメッセージになるでしょう。日本が法律を変えることで、周辺の国々にも改正の圧力がかかります。いまが改正のとてもいいタイミングだと思います。

カイル・ナイト◎ヒューマン・ライツ・ウォッチLGBTの権利プログラム調査員。カリフォルニア大学ロサンゼルス校ウィリアムズ・インスティテュートの元フェロー。在ネパールAFP通信社とIRIN(国連の人道報道機関)で東南アジアの報道に従事した後、国連合同エイズ計画(UNAIDS)やthe Astraea Lesbian Foundation for Justiceなどで勤務した。デューク大学で文化人類学を専攻。
Forbes JAPAN 編集部

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