2019年5月29日水曜日

【夜間中学はいま】(7)ネパールで育った少女の学び

Source:https://www.sankei.com/life/news/190510/lif1905100038-n1.html
「夜間中学と出合い、今の私がある」と語るシリザナさん(中央)。週末には父(右)の店を手伝う=京都府八幡市(安元雄太撮影)
「夜間中学と出合い、今の私がある」と語るシリザナさん(中央)。週末には父(右)の店を手伝う=京都府八幡市(安元雄太撮影)
 夜間中学に通う外国籍の生徒が増えている。全生徒の約8割を占め、かつて最も多かった在日韓国・朝鮮人らが減る一方、近年は仕事などで来日したネパール人の子弟らが急増。大阪府守口市立さつき学園夜間学級の卒業生、シリザナ・チャリセさん(22)もその一人だ。4年前に来日したときは日本語がまったくわからず、将来を悲観していた。だが、夜間中学で「あいうえお」から学び、大阪府立門真なみはや高校(門真市)に通う今、大きな夢を抱く。母国の女子教育の厳しい現状を変えたいのだという。
■女だから仕方ない
 ネパールの山のふもとにある小さな村で生まれ、祖父母や親族が一緒に暮らす大家族の中で育った。幼い頃から家事や牛の世話などを手伝い、年下の従兄弟の登下校に毎日付き添った。学校を目にするたび、「私もここで勉強したい」と思う。従兄弟の宿題を眺めていると、親族から「あなたが見ても意味がないから、早く掃除をするように」と言われた。「女だから仕方がない」と当時のシリザナさんは考えていたという。
 女子教育への理解が乏しい母国の環境の中で、異なる価値観に目覚めたのは父のプルナさん(45)だった。出稼ぎ先のインドでプルナさんは女性が社会で活躍する姿に衝撃を受け、娘にも教育を受けさせたいと願う。「女の子に教育は必要ない」と反対する親族を押し切り、シリザナさんは通学できるようになった。9歳のときだった。
 約50人のクラスの中で女子はシリザナさんともう1人だけ。苦労もさんざんしたが、「あこがれの学校で勉強できる喜びの方が大きかった」。ネパール語の読み書きができるようになると、まず、インドにいる父に手紙を書いた。返事の手紙も読めた。「すごくうれしかった」と笑顔で語る。
 11歳のとき、親族がシリザナさんの結婚を決めた。「パーティーをして、きれいな服を着たり、おいしいものを食べられたりするのが結婚だと思っていた」というシリザナさんは喜んだが、児童婚の残酷な一面を知るプルナさんは大反対した。自分の妹が11歳で結婚し、13歳で出産したときに亡くなっていたからだ。
■先生も電子辞書で奮闘
 平成27年4月、日本で働いていたプルナさんに呼び寄せられた。その1週間後にネパール大地震が発生。約9千人が犠牲になり、膨大な数の建物が被害を受けた。シリザナさんが通った学校も閉鎖されたといい、深く傷ついた。
 さらに言葉が分からない異国での暮らしが追い打ちをかける。ホテルのベッドメーキングのアルバイトもしたが、注意を受けてもその内容が分からない。「コミュニケーションを取るのが難しかった」。気持ちが沈む生活が1年ほど続いた。それは将来への恐怖と闘う日々でもあった。
 そんなシリザナさんを心配したのだろう。プルナさんが経営するインド・ネパール料理店の常連客が夜間中学のことを教えてくれた。
 28年4月、さつき学園夜間学級に入学。ネパール語の読み書きを一から学んだように、日本語を一から学び、数学や英語などの教科を勉強した。母語ではないだけに苦労もより多かったが、クラスメートの姿に励まされた。「こんな高齢の人たちが頑張っているのに、私も頑張らないといけないと思いました」。ネパール語ができる先生はいなかったが、電子辞書を使うなどしながら、シリザナさんが理解できるまで教えてくれた。1年後の卒業時には日本語で自分の思いを伝えられ、文章も書けるようになった。
■大学にも進学したい
 今、充実した高校生活を送る中で感じることがある。「女子も男子も同じように学んでいる姿を見ると、とてもうれしくなる。なぜ、私の国は女性だというだけで学校に行けないのか、とても悲しくなる」
 シリザナさんは教育を受けたことで見える世界が変わった。「将来を自分の力で考え、いいこと悪いことを自分で判断できるようになった。前に進めました。もっともっと勉強したいです」。この4月から高校3年生。大学に進学し、国際関係を学びたいという。
 「夜間中学と出合わなければ今の私はありません。こんなふうに日本語で話せないし、高校にも行っていない。夜間中学は私にとって一番大切なところ。『ありがとう』しかないです。ほんまに」。関西弁も自然に出る。
故郷の村の女の子たちは今もほとんど学校に行っていないという。夢は、村に女子のための学校を建て、そこで先生になること。日本の教育手法の良いところや学校行事も取り入れたい。「勉強すれば世界を知ることができ、自分の力で行動できることを伝えたい」。ひとつの変化は広がっていくと信じている。
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 ネパールは中国とインドの間に位置する多民族国家。2011年の国勢調査によると、識字率は男性75・1%、女性57・4%、全体では65・9%。教育事情は都市部と村落部で大きく異なり、都市部では設備が充実した私立学校も多い。一方、村落部では校舎や教員数が不十分だったり、近くに学校がないため通学に何時間もかかったりするところも数多くあるという。
 全国夜間中学校研究会によると、ネパール人の生徒はここ数年で急増。国内で増えているインド・ネパール料理店などで働く親に呼び寄せられた子供らが通うケースが多いといい、生徒の大半は10代後半から20代。昨年度は全国の夜間中学に在籍する生徒の約15%を占め、都内では過半数に達する学校も。夜間中学の多くにも生徒会があり、役員を務める生徒もいる。
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