Source:https://news.yahoo.co.jp/articles/7cf38525c64abd5ae04c6e76dc0b5c8da3b892cd
“インド布”は、直線的に理解される世界の歴史の狭間で、繰り返されてきた社会現象だ。その多くは、大陸に広く分布する普遍的なデザインや技術であり、インド固有のものと言いがたいものも多い。それゆえ、“インド布”は国の垣根を超えて、多くの人にとって懐かしく馴染む。(本書30ページより引用) 『CALICOのインド手仕事布案内』(小林史恵 著、在本彌生 写真、小学館)には、このような記述がある。 たとえば、バングラデシュの首都ダッカを起源とする織物である「ジャムダニ(jamdani)」の生産地は、インド東北部のマニプール州や、隣国のネパールにまで広く分布するのだという。 一方、カシミールの織りや手描き更紗、アジュラックなどのブロックプリント(block print)には、イランなどの文化的なつながりを見ることができるそうだ。 しかし、21世紀の現代まで、それらの手仕事が色褪せず、場合によってはさらに強化され、力強く残っている国は、インドを除いてあまりないのではないだろうか。インドという土地は、古来より、布という物的・文化的資源によって、世界中のひとびとをその地に集めてきた。その様相は、時代の波によって少し変化しているが基本は変わらない。(本書30ページより引用) 著者はそんなインドの、そして“インドの布”の奥深さに魅了された人物だ。
大学卒業後、インターネット関連の会社からコンサルティング会社に転職。仕事のためにインドを幾度となく訪れるうち、“インドの布の手仕事”を後世に伝えたいという思いを強めていった。 現在はキヤリコ合同会社(CALICO LLC)の代表として、カディ(手紡ぎ・手織り綿布)やジャムダニ、カンタ、アジュラック染、原種コットンや羊毛の織りなどの手仕事の布を、現代の伝統として手がける。 その活動は、決して表層的なものではない。現地の職人たちと協働しつつ、インドの村々で営まれてきた昔ながらの手法にこだわっているのである。そういう意味では、まさに古来の伝統を未来に伝えているということができるはずだ。 つまり本書では、そうした経験や知識を軸として、カディに代表されるテキスタイルに焦点を当てているのである。 そこに行き着くまでのプロセスや思いなどには共感できる部分が多く、エピソードも豊富なので、純粋に楽しむことができた。そして読み進めるほど、インドの布をもっと知りたいと感じるようにもなっていった。 とはいえその結果、「過去の自分は、本当の意味でインドおよびインドの布のことを理解していたわけではなかったのだな」と実感したのも事実。
もちろん、初めて目にしたそれを美しいと思ったときの光景は記憶に残っているし、手にした際にはその風合いを心地よく感じもした。しかし、その時点では、どこか旧来的かつ表層的なインドに縛られすぎていたのかもしれないということだ。 よくある「エキゾティックで素敵だ」というような感じ方は、それ自体は間違ってはいないものの、やはり表層的でしかない。だとすれば(少なくとも関心を抱いた以上は)、もっと踏み込む必要があるだろう。そうすれば、視野はさらに広がるのだから。 著者も、イメージとは異なる“リアルなインド”に目を向けることの重要性を強調する。 インドの布はいま再び、インドという国そのものと同じように、使い古されたイメージを刷新し、本来の価値を取り戻す新たな地平を迎えようとしているのだと。 直線的に理解される世界の歴史の狭間で、この“インドの布”という現象は、その手ざわりと共に歴史上幾度も息を潜めながらたゆたい、繰り返されてきている。事実インドの布はこれまで人類の歴史において、現在の扱いとは比べものにならないほどの重要な役割を果たしてきている。(本書「はじめに」より引用)
マテリアルとしてのそれは、たしかに美しく心地よさを伝えてくれるだろう。それは事実だが、そんなことばでは語り尽くせない人々の暮らしから得られたものにこそ、本来的な価値が織り込まれているということなのかもしれない。 ところで、化学染料による機械プリントに押され、伝統的な手法が失われつつあったアジュラック(パキスタンやインド西部のカッチ地方などに伝わる、イスラム的な文様の木版捺染)が失われようとしているそうだ。だが、その復興に尽力する人々もおり、彼らの存在が未来への希望へとつながっている。 そのことを描写した「アジュラックの復興者たち」という項目がそうであるように、本書では、インドの布の価値を継承しようとするさまざまな人々との交流が描かれる。 もちろん、それらはすべて、著者自身が活動の渦中で体験したことだ。現地の人の目線や考え方、価値観、そして仕事そのものと真摯に向き合い、寄り添っているのである。読み進めているだけでも大きな共感を得ることができるのは、おそらくそのせいだ。
また、著者の文章を理想的な形でサポートしているのが、豊富に取り入れられたフォトグラファー在本彌生氏の写真。その色彩とアングルは、インドの布に携わる人々の生活感や生き方をわかりやすく浮かび上がらせているからだ。 そのため、文章と写真を並列させながら全160ページを楽しむことができるに違いない。そして読み終えたときには、インドに対する新たな好奇心が生まれていることだろう。
文/印南敦史 作家、書評家、編集者。株式会社アンビエンス代表取締役。1962年東京生まれ。音楽雑誌の編集長を経て独立。複数のウェブ媒体で書評欄を担当。著書に『遅読家のための読書術』(ダイヤモンド社)、『プロ書評家が教える 伝わる文章を書く技術』(KADOKAWA)、『世界一やさしい読書習慣定着メソッド』(大和書房)、『人と会っても疲れない コミュ障のための聴き方・話し方』『読んでも読んでも忘れてしまう人のための読書術』(星海社新書)などがある。新刊は『書評の仕事』 (ワニブックスPLUS新書)。2020年6月、「日本一ネット」から「書評執筆数日本一」と認定される。
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