Source:https://news.yahoo.co.jp/articles/c4872c6bb24bc9c730c439aaca49021a107f466f
コロナ禍で生活に困ったベトナム人を助けてきた名古屋市天白区の「徳林寺」。この1年間で受け入れた数は170人以上になります。仕事や家を失い、帰国することになった彼らのために開かれた送別会では、住職への感謝の声があふれました。
名古屋市天白区の「徳林寺」。新型コロナによる日本経済の悪化で突然、仕事と家を失ったベトナム人たちが身を寄せています。 1回目の緊急事態宣言が出ていた去年の4月半ば、最初のベトナム人が高岡住職に助けを求めて以降、高岡住職は彼らを快く受け入れてきました。 「いいですか?と言われたから、いいですよと言ったくらいで。ある意味では(助けるのは)当然だし、若い人が来てくれるのはうれしいことですからね」(徳林寺 高岡秀暢 住職)
彼らの住まいは元々境内にあった宿舎。食事は、檀家や仲間たち、さらに全国から集まる支援でまかなわれています。 コロナ対策のため、彼らは一切、寺の敷地から出ることはありません。
この1年、SNSで徳林寺の存在を知ったベトナム人が全国から集まり、幾度もの出会いと別れを繰り返してきました。高岡住職を頼り、寺で過ごしたベトナム人は1年で170人を超えました。 ここで過ごした人はみな、徳林寺を「日本の大きな家族」だと感じています。
1年で170人以上という支援が成り立っているのは、住職の元に集まる日本人協力者のみなさんがいるから。 「どじょうすくい」でベトナム人を楽しませているのは、エンタメ担当の新美清彦さん。雇用先の賃金未払いなど金銭面の手続きを助けるのは、NPO代表の土井佳彦さん。日々の買い物の手伝いや、安い冷蔵庫をリサイクルショップで探すのは檀家の小畑知子さん。帰国手続きのため、連日入国管理局に通う高口雄二さんなど、多様な人たちが支援を支えています。
ベトナム人たちもその恩を忘れてはいません。 去年の春、土を起こして作り始めたのは、以前から高岡住職が考えていた境内のバリアフリー化。当時はガタガタだった道も、ベトナム人たちの手で一気にバリアフリー工事が完成しました。
きれいになった道の先には、「日越(にちえつ)ベトナム2020」の文字が。 「越」はベトナムを意味します。
彼らの多くは働きながらベトナムの家族へ仕送りを続けてきましたが、仕事を失った今、帰国を望んでいました。 こうした中、ようやく許可がでてため、16日、帰国する人たちの送別会が開かれました。 「一番つらい時、一番困った時に住職やみなさんに、こういうあたたかい場所に住まわせていただき、食事も支援していただき、感謝の気持ちでいっぱいです」(ベトナム人 リンさん(31)) 送別会の様子はSNSでベトナムへ生配信。以前、寺で世話になり、帰国したベトナム人たちから続々とメッセージが届きました。
この日、高岡住職はベトナムへ帰る彼らと一緒に、「あるイベント」を行おうとしていました。 それは、ネパールで祈祷のために飾られる「ルンタ」と呼ばれる旗を立てること。 ルンタは、高岡住職の弟子でネパール在住のお坊さん・デベンドラさんが毎年春になると徳林寺に来て立てていたことから、徳林寺の名物になっていました。しかし、コロナで来日できず、去年から飾れていませんでした。 そこで、高岡住職は「ベトナム人と一緒にルンタを立てれば彼らのいい思い出になるのでは」と考えたのです。
1年半ぶりに戻ってきた、徳林寺の名物「ルンタ」。 「やっぱり徳林寺になったという感じ。みなさんの生活が(徳林寺の中で)形になる。(1年を)豊かに楽しく過ごさせてくれた」(高岡住職) 先が見通せない世の中。でも、「求められる限り支援を続けるのは当たり前のこと」と、高岡住職は、そう笑います。
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