Source:https://news.yahoo.co.jp/articles/8b9e26e185b21bd4b60ac4cf9d038a10636b295c
「大本営発表」という言葉は、国語辞書の『広辞苑』(岩波書店)にも『大辞林』(三省堂)にも掲載されている。表記の細かな違いはあるが、共に1番目は「大本営が発表した戦争に関する情報」と説明し、2番目には「権力を持つ側が一方的に発表する、自分に都合のいい情報」と記している。現代の戦争は太平洋戦争の時より情報・謀略戦が高度化しており、それはウクライナとロシアの戦争でも例外ではない。 【写真12枚】“お忍び”でディズニーランドを訪れたプーチン露大統領の長女・マリヤ氏 険しい表情で楽しそうには見えない ***
つまりウクライナとロシアの両国が争うようにして“大本営発表”を行っているとしても不思議ではないのだ。そうした観点から、ウクライナのゼレンスキー大統領の発言を見てみよう。 1月4日に行われた定例のビデオ演説で、大統領は「ロシアのクルスク州での戦闘で、ロシア軍は一個大隊の北朝鮮軍歩兵とロシア空挺部隊を失った」と発表した。 この発言を報じたロイター通信は《大隊の規模はさまざまだが、一般的には数百人の部隊で構成される》と補足した(註)。担当記者が言う。 「ゼレンスキー大統領が明かした戦果を“大本営発表”と疑う関係者が存在するのは当然でしょう。虚偽の発表でロシアや北朝鮮に揺さぶりをかけている可能性は否定できません。しかし『北朝鮮軍が相当な戦死者を出している』ことなら傍証もあり、事実だと考えられます。例えば大統領は昨年末、『北朝鮮軍の死傷者は3000人を超えた』と胸を張りました。一方、韓国の合同参謀本部は『死傷者は1100人余り』、アメリカの当局は『死傷者は数百人』と発表しました。死傷者の数が異なるのは事実ですが、北朝鮮軍がクルスク州の最前線で敗北を重ねていると判断すること自体は間違っていません」
戦死が相次ぐ北朝鮮軍
昨年8月、ウクライナ軍はロシア国境を越え、クルスク州に奇襲攻撃を行った。不意を突かれたロシア軍は逃走。ウクライナの占領地は最大で約1400平方キロメートルの広さに達した。これは東京23区の約2倍の面積であり、北海道釧路市の面積に匹敵する。 「ロシア軍は部隊を立て直して反撃を開始します。10月には北朝鮮軍が援軍としてクルスク州に入ったことも確認されました。北朝鮮兵にはロシア軍の軍服が支給され、ロシア軍の訓練を受けました。ウクライナ国防省は約1万1000人の北朝鮮兵が州内に駐留していると推定しています。11月中旬、北朝鮮軍がロシア軍と行動を共にしていると、ウクライナ軍と遭遇して初めて戦闘状態に入りました。ロシア兵と北朝鮮兵は偵察が目的で、戦闘自体は小競り合いと言える内容でした。にもかかわらず、北朝鮮兵にはかなりの戦死者が出たことが明らかになっています」(同・記者) 12月に入ると北朝鮮兵は本格的に戦場に投入され、先述した通り相当数の戦死者を出し続けている。大きな理由の一つとして、ロシア軍が人命無視の人海戦術を北朝鮮兵に強いていることが挙げられるだろう。しかしながら、そもそもの問題として北朝鮮兵は訓練が不足しており、その練度も低いようなのだ。
「銃口管理」ができない北朝鮮兵
デイリー新潮は昨年12月19日、「ロシア派遣の『北朝鮮兵』が味方を“誤射”も専門家は『当然の結果』…言葉の壁だけではない共同戦線を崩壊させる『3つの重大要素』とは」との記事を配信した。 ウクライナ国防省情報総局12月14日、通信アプリのテレグラムに「北朝鮮の兵士が味方を誤射し、8人の兵士が戦死した」と投稿した。北朝鮮軍の兵士はロシア軍の海兵隊と空挺部隊の一部に組み込まれ、誤射した相手はチェチェン共和国の特殊部隊アフマトだったという。 この時、専門家が注目したのは、「北朝鮮の兵士は“銃口管理”が全くできていない可能性がある」という点だった。軍事ジャーナリストのコメントを再録しよう。 《「軍隊というものは自軍だけの作戦行動でも常に同士討ちのリスクを抱えています。そのため防止策の1つに『銃口管理』の徹底があります。例えば4人の兵士が最前線で行動する場合、先頭の兵士は銃口を水平に向け、いつでも撃てる体勢を保持して歩きます。一方、残りの3人は誤射による同士討ちを防ぐため、銃口は地面に向けて歩くのです。普通の軍隊なら徹底した訓練を実施し、銃口管理を兵士の頭ではなく体に覚えさせます。ところがロシア軍は、兵士の動員が国民の反対から中止に追い込まれ、高額報酬で志願兵を集めています。ネパール人の応募も確認されているほどで、兵士としての練度は非常に低いと考えられます。北朝鮮軍の兵士も似たレベルのはずで、そのためにチェチェンの特殊部隊を誤射してしまったのでしょう」》
“弾よけ”に使われる北朝鮮兵
専門家の知見に基づく推定は、意外な関係者の証言で事実と確認された。現地メディア「RBCウクライナ」は12月22日、公式サイトに「ロシア兵捕虜がウクライナ戦争に派遣された北朝鮮兵を“彼らは無礼だ”と陳述('They're insolent': Russian POWs speak about North Koreans sent to Ukraine war)」との記事を掲載した。 「ウクライナ軍はロシア兵捕虜を尋問する際、動画を撮影しているそうです。RBCウクライナは軍関係者から、その動画を入手。記事によると捕虜は取り調べに『北朝鮮兵には武器、弾薬、食料などが優先的に供給され、自動小銃も機関銃も全て最新型』だと明かし、『自分たちには旧式の武器しか渡されていない』と証言しています。しかし真っ先に戦闘へ投入されるのは北朝鮮兵であり、ロシア軍が動くのはその後。捕虜は『前線で北朝鮮兵を見たが、多数の兵士が戦っている一方で、戦死者と負傷者も多かった』と述べ、北朝鮮兵がロシア兵の“人柱”になっている実態を暴露しました」(前出の記者) ところが北朝鮮兵は自分たちがロシア兵の“楯”や“弾よけ”として使われても、何とも思っていないようなのだ。捕虜は「北朝鮮兵は無礼で愚かで、どんな場所にどんな手段で連れて行かれても気にすることがない。正気の人間ではない」と呆れている。
銃を乱射する北朝鮮兵
「記事では銃口管理の問題も触れています。ウクライナ軍は別のロシア兵捕虜から『北朝鮮兵は武器を不注意に扱う』との証言を得ており、その確認を捕虜に求めました。彼は事実だと認め、『北朝鮮兵の1人が訓練場で同胞の足を撃った』ケースと、『訓練場の教官が北朝鮮兵に腹部を撃たれた』ケースがあったことを証言。戦場でもロシア軍の部隊に誤射したことがあったと語っています」(同・記者) この捕虜によると、北朝鮮兵は戦場で銃を乱射することも多いという。特にドローンが飛んでいるのを見つけると猛烈に発砲。ウクライナ製でもロシア製でも見境なく撃つため、味方であるロシア製のドローンを撃墜したこともあったそうだ。捕虜は「北朝鮮兵から遠ざかれば遠ざかるほど、周囲は静寂を取り戻していく」と取り調べに答えている。 前出の軍事ジャーナリストは「私も記事に目を通しましたが、捕虜が北朝鮮兵を『理屈が欠如しており、実践しかない』と評した部分を興味深く読みました」と言う。 「日本のテレビで北朝鮮軍の猛訓練が放送されることがあります。腹部をハンマーで殴られて耐えたり、靴を履かずに火の上を歩いたり、という奇想天外なものも多く、真面目なニュース番組でも面白がって流すわけです。こうした訓練と、ロシア兵捕虜の『北朝鮮兵に理屈は欠如しており、実践だけ』という証言を重ね合わせると、北朝鮮軍の訓練は“訓練のための訓練”でしかなく、その訓練がどれほど厳しくても、実戦の役には立たないという事実が浮かび上がります」
実戦を知らない軍隊の訓練
訓練が絶対的に不足しているのではなく、意味のある訓練が全く行われていないというわけだ。検索エンジンに「北朝鮮兵 猛訓練」と入力して画像を探すと、例えば筋骨隆々の兵士が不思議な組体操を実演している朝鮮中央通信の報道写真が表示される。 「どれほど肉体が鍛えられていても、彼らは銃口管理の訓練が不足しているわけです。結果、ロシア国内の訓練所や最前線で誤射が相次いでいるのでしょう。実は昭和の時代、日本の自衛隊にも似た傾向がありました。実戦を知らないという点では今の北朝鮮軍も昔の自衛隊も同じで、そうした軍隊の訓練は実践的な内容から遠ざかる傾向があるのです。自衛隊の訓練内容が向上したのは、1992年に初めてPKO(国際連合平和維持活動)に参加し、カンボジアに派遣されて以降です。実際に部隊を現地で展開することで様々な改善点を学び、現場が上層部に『この訓練内容は現実に即していない』と報告するわけです。今の自衛隊は銃口管理を教えるためには外部の専門家でも講師に招きます。現場の直言を真摯に受け止め、しっかりと改善を繰り返したことで、自衛隊は“訓練のための訓練”から脱却することができたのです」(同・軍事ジャーナリスト) 北朝鮮軍もウクライナ軍と戦火を交えたことで、初めて戦場の実態を把握したはずだ。だが、貴重な戦訓が活用される可能性は低いという。
想像以上に弱かった北朝鮮軍
「北朝鮮の政治体制では、現場の意見で上層部が動くとは考えられません。場合によっては金正恩(キム・ジョンウン)氏を批判したと受け止められるでしょう。以前から韓国軍、米軍、そして自衛隊は『北朝鮮軍は、それほど強くない』と分析してきました。しかしウクライナ軍との戦闘で相当な戦死者が出たことから、『これほど弱いとは思わなかった』と驚いているかもしれません。ただ、もともと北朝鮮軍は正規軍による大規模な戦争は不可能だと諦めており、特殊部隊によるゲリラ戦を基本戦略に据えています。特殊部隊による原発攻撃など、日韓両国にとって北朝鮮軍が依然として脅威であることは変わりません」(同・軍事ジャーナリスト) その一方で、北朝鮮の国内世論に疑問を持つ人もいるだろう。どれほど独裁・恐怖政治を敷いても、子供が戦死したという連絡は届き、両親は嘆き悲しむはずだ。 「国を守るための自衛戦争ならまだしも、北朝鮮の国民にとってロシアやウクライナは無関係な外国です。両国の戦争に巻き込まれて大切な身内が死亡したとなれば、悲しみが怒りに転化してもおかしくありません。北朝鮮兵の戦死者が増えれば増えるほど、北朝鮮国内で“反・金正恩”の世論が秘かに広がっていくことはないのか、今年2025年の注目ポイントだと思います」(同・軍事ジャーナリスト) 関連記事【ロシア派遣の「北朝鮮兵」が味方を“誤射”も専門家は「当然の結果」…言葉の壁だけではない共同戦線を崩壊させる「3つの重大要素」とは】では、前線に派遣された北朝鮮軍の惨憺たる現状について指摘する。 註:ウクライナ、ロシア西部クルスク州で新たな攻撃開始(ロイター通信日本語電子版:1月6日) デイリー新潮編集部
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