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貧乏旅をしながらほぼ世界一周した様子を綴ったベストセラーエッセイ『ブラを捨て旅に出よう』の著者で旅作家の歩りえこさんが、世界各地で知り合った男性とのエピソードを綴っているFRaU web連載「世界94カ国で出会った男たち」(毎月2回更新)。 【写真】 中田英寿さん似⁉︎のレストラン従業員も…ネパールはイケメン揃い? 今回は、エベレストがあるヒマラヤ山脈で知られる「ネパール」を訪れたときに、たまたま入ったレストランで出会った、日本に関心のある男性とのお話。その男性の母親との暮らしぶりを見て、家族や暮らしについて改めて気づくことや考えることがあったそう。
いきなり超絶イケメンが現れる
インドで過酷な旅をした後にネパールを訪れる者は「癒しのネパール」と表現することが多い。灼熱のインドから涼しさと癒しを求めて、首都カトマンドゥへとやって来た。インド滞在で続いた下痢のおかげで身体が衰弱しており、胃腸が弱いタイプの私は保養できる土地に移動したかったのだ。 ヒマラヤがあるネパールは涼しくて、インドのように暑さで目覚めることもなく……ぐっすり眠ることができて身体が楽だ。毎日インドカレーを食べ続けていたので、日本の味が恋しく……カトマンドゥにある日本食レストランを探して行くことにした。 世界各国から旅行者が訪れるカトマンドゥでは世界中の料理を激安価格で食べることができるのが有難い。日本食の定食はお世辞にも美味しいとは言えなかったけれど、味噌汁・メインのおかず・ご飯・小鉢を100円ほどでお腹いっぱい食べることができた。 店には2人の店員がおり、フロアには元サッカー選手の中田英寿さんによく似た顔立ちをした若い男性がおり、もう一人は私が定食を完食する頃に奥の洗い場からひょっこり出て来てこちらにやって来た。その瞬間、私は思わず飲んでいた味噌汁を吹き出しそうになった。 凄いイケメン……。どこの国にも超絶イケメンは存在するけれど、ネパールにもこんなイケメンがいるんだな……。暫くその端正な顔立ちを見つめていると、その彼は英語でこう言った。 「僕の名前はラーメン(仮名)。もうすぐ日本に留学します。最初は東京の福生っていうところに住んで日本語学校に通って、その後大学受験するので良かったら連絡先を交換して日本のことを色々教えてくれませんか?」 これまで話したどのネパール人よりも英語が上手く、何より美しい顔立ちに吸い込まれそうになった。日本でアイドル的人気を誇る俳優レベルで、連絡先を交換しない理由が見当たらないほどの美男子だ。 「日本語を教えてくれる日本人のカノジョが欲しい」
SNSに載せている写真の女性は?
私は彼とSNSを交換し、最近の投稿を少しチェックしてみると……そこには同じ女性とのラブラブツーショット写真ばかりが載っている。見る限り、ちょっと小太りの……40代に見えるような女性で、どうみても彼の端正な顔立ちとは不釣り合いのような、厚化粧の野暮ったいルックスをした女性だった。 「ラーメンって歳はいくつなの?」『22歳だよ』見た目からしてその位だよね……どう見てもこの女性とは倍以上の歳が離れているように見える。「このSNSに載ってる女性はカノジョ?」『違うよ。僕のママなんだ。僕は一人っ子で凄く仲良しなんだよ。カトマンドゥにいるうちに良かったら僕の家に遊びに来ない? 』 ネパール人は子だくさんなイメージで一人っ子はあまりいなさそうなので意外だ。「うん、じゃあ行ける日にまた連絡するね。今日はもう眠いから宿に帰るよ」 ラーメンは映像クリエイターを目指しているらしく、自作の動画を送って来た。色彩が濃すぎて編集の腕は正直イマイチのようだったが……動画に出ているのは彼自身で、まるで男性アイドルのMVを観ている錯覚に陥るほどのイケメンぶり。 カトマンドゥで滞在している安宿はドミトリーではなく、2つベッドがある個室を1人で広々と使って150円という安さ。シャワーとトイレも共同ではなく、部屋についているので快適そのものだ。 まずはインド旅で疲れきった体をゆっくり休ませて、翌朝はぶらりとカトマンドゥの街を歩いてみることにした。色とりどりの生地で作られた衣服、ヒマラヤ山脈登山用のアウトドア用品、激安ネパーリーカレー食堂、パン屋、アーユルヴェーダマッサージ店に至るまで、小さくて古めかしい店がこれでもかという位ギュウギュウにひしめきあっている。埃っぽい空気の中で、もしもこの一帯が火事になったら、あっという間にたくさんの店に火が燃え移ってしまいそうなほどだ。 カトマンドゥの街歩きを楽しんでいると、ラーメンから連絡が入った。「いつ家に来てくれるの?」『ヒマラヤを見たら必ず行くから待ってて』
ヒマラヤ山脈はやはり美しかった
ネパールといえばやっぱりヒマラヤ山脈だ。登頂するのは無理だけど、ヒマラヤ山脈を望む為にトレッキングする観光客は多い。そのトレッキングの玄関口となるのが「ポカラ」という静かな湖畔にある街だ。 このポカラからは早朝トレッキングツアーがたくさん出ていて、日の出に間に合うようにまだ薄暗いうちからトレッキングを始め、美しいヒマラヤ山脈の山々を壮大な日の出とともに拝むことができるというプランが人気を呼んでいて、私もツアーに参加し、美しい日の出を満喫することにした。朝3時起きは辛かったが、雄大なヒマラヤ山脈を望み、朝靄から大きな太陽が顔を出した瞬間、あまりの美しさに感激して言葉を失ってしまったほどだ。 トレッキングツアー後は少し眠かったが、ラーメンに連絡して母親と住む彼の家にお邪魔することになった。「ようこそ、よく来てくれたわね。さぁいらっしゃい」とラーメンのママとおばあちゃまがいきなりの熱い抱擁で出迎えてくれた。 満面の笑みで出迎えてくれたラーメンは相変わらずのイケメンぶりで、ママが手慣れた様子で彼の少し乱れた髪を手でササっと直す。日本では母親が甲斐甲斐しく成人している息子の髪を直していたら、ちょっとマザコンじゃないかと気持ち悪がられるかもしれないが、海外では国にもよるが家族間の絆の強さや愛情表現が日本とは比較にならないレベルでストレートだ。 イタリア人男性なんて中年男性でも「マンマ!」と言って抱きついたり「マンマ愛してるよ」なんて1日に何度も言う。ネパールの前に旅したインドでも、イタリアまではいかないが……親子の愛情表現が日本と比べてストレートだと感じたけれど、ネパールでも同様のようだ。
羨ましくも思うストレートな愛情表現
日本人の家族は照れもあるのかちょっと互いに無関心なところもあったりして、ストレートに家族への愛情を表現する人が少ない傾向のように思う。なので、正直ちょっと羨ましい。 私が母親に抱きついた最後の記憶は幼稚園生の頃だ。せめて小学校低学年の頃までは母親に思い切り甘えて抱きついたりしたかったが……母親がそんな雰囲気でもなかったので、甘えたい気持ちを我慢していたのをよく覚えている。ラーメンは22歳だ。この年齢でもまだママの愛情をストレートに感じられていて羨ましいな。 「ねぇ、トレッキング帰りでお腹空いてない? 僕が何か作るから座ってて。卵は好き? 日本に行っても大丈夫なように最近ママに料理を教えてもらってるんだ」ラーメンは得意げに卵を3つ冷蔵庫から取り出すと、慎重に割ってフライパンで焼き始めた。ママは彼の横にピタリと寄り添い、その様子を心配そうに見つめている。 どんな凄い料理ができ上がるのかと好奇心で覗いてみたくなり、立ち上がると……フライパンの上で焼かれているのは紛れもなく「単なる目玉焼き」だった。ママはその様子を愛おしそうに、背中をさすりながら全力応援している。 まるで本物のカップルのようにイチャイチャ料理する姿は親子というか、恋人のような空気感で……なんだかその幸せいっぱいな姿に微笑ましくなってしまう。顔はクール系で超絶イケメンなのに、ママに甘えて可愛いな……。
今度は目玉焼きを一緒に…
「さぁ、できたよ。たくさん歩いてお腹空いているだろうからいっぱい食べてね」私は目玉焼きをペロリと完食するものの、早朝からのトレッキングで予想以上に体力を消耗しており、お腹がグーグー鳴ってしまった。 「まだお腹空いてるの? じゃあ今度は一緒に作ってみようか? 僕が君に教えてあげるよ」う、うん……教えるって、目玉焼きだよね? せっかく美男が目玉焼きを手取り足取り教えてくれるというのだから断るわけにもいかず……ママも横で全力応援してくれているので、人生で何度となく作った目玉焼きをいかにも初めて作りました風に作ってみることにした。 「うわ~、綺麗に割れたね。凄いなぁ!」ただ卵を割っただけなのに、彼とママは手を取り合って褒めてくれている。正直なところ、目玉焼きを作ることよりも目玉焼きを初めて作るフリをする演技のほうが遥かに難易度が高い……。でも、こんなにワクワクしている人たちを前に「目玉焼きなんて簡単過ぎて朝飯前よ」なんて素振りは見せられないし。 自分で焼いた目玉焼きを2つ追加でご馳走になった後、お手洗いを借りることになった。お手洗いにはトイレットペーパーのようなものはなく、ラーメンに「トイレットペーパーかティッシュないかな?」と呼ぶと、ラーメンはオロオロした声で「ママ、どうしよう! 紙がどこにもないよ」と慌ててママに聞いている。どんなに探しても家中どこにも紙らしきものがない様子で、ラーメンは「これで拭いて」と彼のものらしきTシャツをドア下の隙間から入れ込んだ。 いやいや、さすがにいくら何でも人様の洋服では拭けないでしょ……。私は仕方なく拭かずに15秒ほど自然乾燥した後で下着を履いてトイレから出ると、ママとラーメンが必要以上にくっついてオロオロしていた。「ママ、日本人のトイレは紙が必要なんだよ!」ネパールのトイレは基本的にしゃがみ式で用を足した後、紙を使う代わりに水で洗い流すスタイルだ。ただ外国人にとっては慣れない動作で、服を濡らしてしまうので難易度が高い。 「ごめんね、紙がなくて。ご飯も食べたし食後の歯磨きでもする? このアーユルヴェーダ歯磨き粉は最高なんだよ。これ以外僕は使えないから日本に20本は持っていくつもりなんだ。君にも1本あげるよ」と言い、ラーメンは新しい歯ブラシと歯磨き粉を差し出すと、彼自身も歯磨きをし始めた。紙はなくても新しい歯ブラシの用意はあるんだな……。 彼がチューブを捻ると茶色い歯磨き粉がニュッと出てきた。知り合ったばかりのネパール人の家で歯磨きするのも不思議な気分だが「アーユルヴェーダ歯磨き粉」と呼ばれるその茶色い歯磨き粉を猛烈に試してみたくなり、ラーメンと一緒に歯磨きをすることにした。アーユルヴェーダ歯磨き粉はインド周辺国で使われている、インド古来から伝わる伝統療法アーユルヴェーダに基づいた成分が配合されている。 「辛っ!!」強烈な生姜の味と、シナモンが合わさったような香りで思わず吐きそうになった。マズい……苦くて苦くて、何が入ってんのよコレ! こんなにもスパイシーで独特な歯磨き粉は初めてだ。そういえば、ラーメンもママも独特な口の匂いがすると思っていたが、この歯磨き粉の匂いだったのか。後で成分を調べてみたら、生姜・コショウ・サッカリンなど香りや刺激が強いものばかりだった。
この親子、本当に離れて暮らせるの?
スパイシー歯磨きをした後にお宅訪問的にお部屋を紹介してもらい、この日は解散となった。「この子、まだ日本でお友達がいないから東京に行ったら仲良くしてあげてね」と、ママはラーメンの身体をまた必要以上にスリスリしながらそう言った。 その前に……この親子、こんなにも互いの存在を必要としているのに本当に離れて暮らすことができるのか……? ラーメンは美男子だから日本に行ってもすぐ彼女ができるだろう。息子を溺愛するママが寂しがらないか心配だ……。 でも彼とママの愛情表現を見ていると、彼氏彼女の愛情表現とは違い、この世に代わりがいない……かけがえのない存在なんだろうな。 シャイでドライな家庭に育ったが、私もいつか子供を産んだらこんな風に子供たちとストレートに愛情を伝えられる関係性になれたらいいな。子供に愛情を伝えること、母親を大事にすることはとても素晴らしいことで、恥ずかしいことなんて何一つない。 超絶イケメンネパール人とママの愛情に満ち溢れたお宅訪問を終えて、数日後にネパールを後にした。その後ラーメンは母親から自立し、東京で一人暮らしをしながら一生懸命日本語を覚え……映像クリエイターになるという夢を自分の努力で叶えた。相変わらず彼のSNSはママの写真で溢れている。 私は、あれから子供を二人産み……幼少期の反動なのか子供たちに毎日ハグとキスの嵐、愛の言葉を伝えまくっており、子供たちに「ママしつこいよ~」と言われることがあるが全く気にしていない。 コロナ禍の自粛疲れが長引く今、家族やパートナーとの愛情や絆を再確認した人も多いと思う。やはり人間の生活様式がシンプルになった時、最終的に人が求めるものは家族やパートナーとの愛情や温もり、穏やかな暮らしではないだろうか? そんなシンプルな暮らしの軸となるものが……やはり「家族」なのではないか。誰かが愛情を込めて作ったご飯を食べたり、当たり前にある普段の何気ない会話だったり、温かさを感じられる愛着のある生活はやはり「家族」と共にあるように思う。 ▼『ブラを捨て旅に出よう 貧乏乙女の“世界一周”旅行記』 費用はたったの150万円という、想像を絶する貧乏旅をしながら、2年間をかけてほぼ世界一周、5大陸90カ国を巡った著者。そのなかから特に思い出深い21カ国を振り返り、襲われたり、盗まれたり、ストーカーをされたり……危険だらけの旅のなかで出会った人情と笑いとロマンスのエピソードを収録。(講談社文庫)
歩 りえこ(旅作家・女優)
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