Source:https://news.yahoo.co.jp/articles/78467290733ca022543ace8bdca46c656408ef2f
配信、ヤフーニュースより
標高を更新する2つの理由
昨年12月、あるニュースが発表されました。「エベレストの標高が変わるかもしれない」というものです。エベレストは、中国とネパールの国境にそびえる世界最高峰の山であることはみなさんご存知でしょう。12月8日、中国・ネパールの両政府は、エベレストの標高は、これまで広く知られていた8848mより86cmだけ高い8848.86mであると共同発表しました。 8だけ抜いた魔法の数「012345679」が起こす奇跡 なぜ標高を更新する必要があったのでしょう? その理由は、 1)エベレストの標高が少しずつ高くなっているから そして 2)エベレストの正しい標高には複数の候補が出されており、議論があったから です。 地球の表面は、「プレート」と呼ばれる数十枚の硬い岩盤からなっています。プレートには大陸を構成する大陸プレートと海を構成する海洋プレートの二種類があります。 プレートとプレートの境界は常にせめぎあっており、それが様々な地面の動きをもたらすのです。日本の周辺では海洋プレートが大陸プレートの下に沈み込んでいます。日本列島は4つものプレートの境目に位置しているため、世界的に見て地震が多い、という話を耳にしたことがある方は多いでしょう。 エベレストを擁するヒマラヤ山脈も、プレートの境目にあります。ヒマラヤ山脈の下では、いずれも大陸プレートであるインドプレートとユーラシアプレートが、一方がもう一方の下に沈み込むということはなく、正面から衝突しています。 するとどうなるでしょう? 両側から押し込まれるような力を受けた地面が、その力に耐えられず、上に盛り上がっていきます。このようにして、エベレストほどの大きな山ができました。エベレストは長い年月をかけて大きくなってきましたし、今も少しずつ大きくなり続けているのです。 これが、エベレストの標高を更新しなければならない理由の1つです。 2015年4月にネパールで発生した大きな地震が、エベレストの位置や標高にどのような影響を及ぼしたかも、科学者たちの関心を集めていました。 また、測定という行為にはいつも誤差が付きまといます。エベレストほどの高い山となればなおさらです。世界一有名な山なだけあって、各国の調査グループがエベレストの標高を測ってきましたが、それぞれのグループにより様々な候補が出されてきました。 今回の中国とネパールの測定には、その議論にはっきりとした答えを出そうという意図もありました。では、エベレストの標高の測定にはどんな歴史があり、どんな方法で測定されてきたのでしょうか。
エベレスト標高測定の歴史
エベレストが世界最高峰の山であることがわかったのは、1850年頃のことです。インドの測量技師のラーダナート・シクダールという人物は、「三角測量」という手法により当時「ピーク15」と呼ばれていたエベレストの標高を測定し、8840mという結果を出しました。 三角測量とは、数学の図形の知識を用いて、2つの地点の間の距離を測る方法です。山の標高を測る場合、頂上から地面まで下ろした線分の長さを測るということになりますね。 地上のある一点(水準点)を決めて、山の頂上、頂上の真下の三点を結べば、直角三角形ができます。水準点をA、山の頂上をB、頂上の真下をCとしましょう。このとき、辺ACの長さと角BACの大きさを測れば、高校数学で学んだ三角比の知識を使って辺BCの長さ、つまり標高を求めることができます。当時の限られた技術で8840mという現在の値に近い標高を求められたのは、驚くべきことですよね。 その約100年後の1954年、インドの調査グループは、「セオドライト」という二点の間の角度を精密に測ることができる装置を用いて、再び三角測量による測定を行いました。その結果、現在よく知られているエベレストの標高である8848mという値が得られました。 古代から現代に至るまで、三角測量は主要な測量方法として世界中で用いられてきました。しかし、1980年代、人工衛星の登場により、測地学は大きな転換点を迎えます。 もはや現代では当たり前の技術となったGNSS(全地球衛星航法システム※)により、世界各地の山の標高が測り直され始めました。日本でも、2014年に87ヵ所の山の標高が更新されました。 (※ GPSという言葉の方がお馴染みかもしれませんが、人工衛星による測量の技術は一般的にGNSSと呼ばれており、GPSはアメリカ合衆国が運用しているGNSSの固有名詞です。ちなみに、日本にも「みちびき」という名前のGNSSがあり、国内の測量に役立っています)
三角測量とGNSSの合わせ技でエベレストに挑む
最新技術を利用して、1999年にアメリカが、2005年に中国がエベレストの標高の測定を行いましたが、いずれも誤差の問題が指摘されていました。 そして今回、古くからある三角測量と最新技術であるGNSSの合わせ技により、エベレストの標高を本格的に測り直そうということで、中国とネパールが立ち上がったのです。 2019年5月、ネパールのチームがエベレスト山頂にGPS装置を設置し、またレーダーを使って岩の上の雪の深さを測りました。さらに、別のメンバーが地上からセオドライトを使った三角測量を行いました。 そして2020年春にも中国が自国のGNSSである「北斗衛星網」を用いた計測を行いました。最終的に両国が8848.86mという合意に至り、今回の発表となったのです。 実は、今回の計測では「標高の基準をどうやって決めるか」ということも重要で、それには「ジオイド」という概念が関わっているのですが……ここでは説明しきれないので、気になる方は調べてみてください! ---------- ジオイドとは? ジオイドは、地球の重力による位置エネルギーの等しい面(重力の等ポテンシャル面)の1つであり、地球全体の平均海面に最もよく整合するものとして定義されています。出典:国土地理院WEBサイト(https://www.gsi.go.jp/buturisokuchi/grageo_geoid.html) ---------- 今回の発表から直ちに世界的にこの数値を採用するわけではなく、これからこの測定結果が本当に正しいのか検証しなければなりません。依然として誤差が残っている可能性もあります。 今回の調査に携わったネパールのチームの代表、キムラル・ガウタム氏は、どんなに正確を期しても少しの誤差は避けられないと語っています。しかし、エベレストの標高を測るという取り組みは、エベレスト周辺の地面の動きを確かめるという地質学的な点や、最新の計測技術を世界に示すという点で大きな意義があります。 常に動き続けているプレートのダイナミックさや、「標高の測定」に関わる科学の歩みを少しでも理解していただけたら幸いです。
東京大学CAST(サイエンスコミュニケーションサークル)
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