特大の洪水被災データだが
6月の梅雨入り以来、中国の南方地区では断続的に豪雨が襲い、一部地域では史上稀に見る特大の暴雨に襲われた。 【写真】恐怖の負の遺産・三峡ダムは最終的に爆破で取り壊さざる得ないのか? この結果、長江や淮河を含む大多数の河川は本・支流を問わず急激な増水に見舞われ、流域の各地では河川の氾濫により深刻な洪水が発生し、広範囲にわたって多大な被害が出ている。 大雨による河川の氾濫は南方地区だけに限らず、それより北方に位置する黄河流域でも同様に豪雨による深刻な洪水が発生している。 中国政府内でこれら「洪澇(洪水・冠水)災害」を管轄するのが「応急管理部」であり、同部は地方政府との連携により災害管理を行うと同時に被災地・被災民に対する救援活動を支援している。 応急管理部は、2018年3月に開催された第13期全国人民代表大会第1回会議で、国務院改革法案が採択されたことによって、国務院内に創設された安全生産、災害管理、緊急救援を統括する部門(日本の「省」に相当)である。 その応急管理部が7月22日に発表した統計データによれば、中国全土の被災状況は以下の通りであった。 ---------- (1)6月1日以来の洪水・冠水による江西省、安徽省、湖北省、湖南省、広西チワン族自治区、貴州省、広東省、重慶市、四川省など27の一級行政区(省・自治区・直轄地)における被災者数は延べ4552.3万人に達し、死亡・失踪者数は142人、倒壊家屋数は3.5万戸、直接経済損失は1160.5億元(約1兆7408億円)に及んだ。 (2)このうち、7月以来の洪水・冠水による江西省、安徽省、湖北省、湖南省、重慶市、貴州省など25の一級行政区における被災者数は延べ2736万人に達し、死者・失踪者数は31人、倒壊家屋数は2万戸、直接経済損失は755億元(約1兆1325億円)に及んだ。 (3)これを最近5年間の同時期における平均値と比べると、災害による死亡・失踪者数は80.6%、倒壊家屋数は74.5%、直接経済損失は1.4%、それぞれ減少した。 ----------
それでも実態を隠しているか
これより3日前の7月19日付で国営通信社の「新華社」が報じた同社の記者が応急管理部から聴取した被災状況は、「7月以来の洪水・冠水による25の一級行政区における被災者数は延べ2386万人、死者・失踪者数は31人、倒壊家屋は1.6万戸、程度の異なる損壊家屋は15.1万戸、農作物の被災面積は247万8000ヘクタール(2万4780平方キロメートル)、直接経済損失は644億元(約9660億円)」であった。 これを上記(2)と比べると、7月19日と22日のわずか3日間の差であるにもかかわらず、後者は前者に比べて被災者数が延べ350万人、倒壊家屋が0.4万戸、直接経済損失が111億元(約1665億円)、それぞれ増加していたが、死者・失踪者数は31人で変わらなかった。 これらの中国政府機関が発表する統計数字をどこまで信用してよいかは意見の分かれる所だが、長江や淮河の氾濫、さらには三峡ダムの猛烈な放水状況などをテレビの映像やユーチューブの動画で見る限りでは、死者・失踪者数が6月以来で142人、7月以来で31人という少数である事に対して、甚だしい違和感を覚える人が大多数ではないだろうか。 長江や淮河流域には、中国の人口14億人の40%以上に相当する6億人が生活していると言われている。 その6億人が暮らす地域にあれだけ激しい洪水が押し寄せて大規模な水害が発生しているにもかかわらず、死者・失踪者数がこのような数字である、などということがあり得ようか。 これはどう考えても、実際の死者・失踪者数が統計数字を大幅に上回っていると考えざるを得ない。
中国最大の食糧生産地帯が
さて、上述の通り、新華社の記者が7月19日に応急管理部から聴取した7月以来の洪水・冠水による農作物の被災面積は247万8000ヘクタール(=2万4780平方キロメートル)であった。 日本の都道府県で2番目の面積を誇る岩手県の面積は1万5275平方キロメートル、これに隣接する青森県は8番目の面積で9646平方キロメーターであるから、両者を合算すると2万4921平方キロメートルになるが、これは中国における農作物の被災面積に等しいと言える。 中国政府「国家統計局」の統計によれば、2019年における「糧食(食糧)」の年間栽培面積は1万1606万ヘクタール(=116万600平方キロメートル)であるから、被災面積の2万4780平方キロメートルは全体の2.14%に過ぎないことになる。 しかし、上述したように、中国の統計数字の信憑性は相当に低いだけでなく、淮河を含めた長江の流域は昔から「魚米之郷(水産物や米などが豊富にとれる土地)」として知られる食物の一大生産地帯である。 ちなみに、中国語辞典によれば、「糧食」とは調理可能な各種植物種子の総称で、イモ類、豆類を含むとあり、このうちの穀類だけを総括して「谷物(穀物)」と呼ぶが、日本語ではこの「糧食」を一般に(食糧)と訳している。
軒並み大被害
国家統計局のデータに基づき産業コンサルタントの「中商産業研究院」が作成した『2019年全国31省(市/区)食糧生産量ランキング』を見てみると、2019年における食糧の全国生産総量は6億6384万トン。 これに対して、第1位が黒龍江省(年間生産量7503万トン:11.3%)、第2位が河南省(6695万トン:10%)、第3位が山東省(5357万トン:8.1%)であった。 長江流域では、安徽省が第4位(4054万トン:6.1%)、江蘇省が第7位(3706万トン:5.6%)、四川省が第9位(3498万トン:5.3%)、湖南省が第10位(2975万トン:4.5%)、湖北省が第11位(2725万トン:4.1%)、江西省が第13位(2157万トン:3.3%)となっており、これら6省の合計生産量は1億9115万トンとなり、全体の28.8%を占めた。 また、上記に第21位の重慶市(1075万トン:1.6%)、第22位の貴州省(1051万トン:1.6%)、第23位の浙江省(592万トン:0.9%)を加えた9省の合計は2億1833万トンとなり、全体の32.9%を占めていたのであった。 さらに、長江・淮河流域、特に長江南岸で江西省北部に位置する鄱陽湖(はようこ)周辺では水稲栽培が盛んであり、メディアが伝えるところによれば、今回の水害により4000平方キロメートル以上が冠水し、300万ムー(=2000平方キロメートル)もの面積の水稲が水没により全滅したという。 東京都の面積が2191平方キロメートルであるから、その損失の規模がいかに大きいかは容易に想像できよう。 こうした事実から考えれば、長江・淮河流域で洪水や冠水により被災している農地面積は応急管理部が7月19日に公表した247万8000ヘクタール(2万4780平方キロメートル)程度に留まるはずはなく、2019年には全国総量の30%以上を占めた食糧の生産量は大きく落ち込むことが予想される。 その落ち込み度合いは今後の洪水・冠水状況に左右されることになるが、長江・淮河流域の雨季は7月末から8月初旬が最盛期で雨量は増加すると言われていることから、状況がさらに悪化することは考えられても、改善する可能性はゼロに等しい。
「問題はない」を繰り返す政府
さて、洪水・冠水が過ぎ去った後に表面化するのは食糧不足の問題である。被災した農地では冠水により今年の収穫が望むべくもないが、それに加えて人々が懸念するのは中国全土における食糧不足である。 それでは中国の食糧事情はどうなのか。関連のメディア報道を列記すると以下の通り。 (A)中国政府の食糧安全に対する認識(2020年4月10日付の中国紙「経済日報」):2004年から我が国の食糧生産は16年連続の豊作を実現し、過去5年間は安定的に6億6000万トン前後を推移しており、これは中華人民共和国成立以来で増産の幅が最大の時期である。 (B)中国政府「国家糧食・物資儲備局(国家食糧・物資備蓄局)」の責任者(5月14日付の北京紙「新京報」:2019年3月31日から1年間を費やして全国の「政策性食糧倉庫(食糧備蓄倉庫)」の数量と品質に関する精査を行い、在庫の蓄積を徹底調査した結果、在庫は帳簿と基本的に符合し、品質も全体に良好、貯蔵も比較的安全で、食糧備蓄量は全国民が1年以上正常に消費する需要を満足できるものである。 (C)中国政府「農業農村部」市場・情報化局の関係責任者(7月16日付「中国新聞網」):全体から見て、連年の豊作により食糧倉庫の在庫は十分にあるので、今年我が国の稲と小麦、さらには米・小麦粉市場が新型コロナウイルス感染の影響を受けたとしても限定的で、価格は基本的に安定を維持できている。今年後期の状況を見ると、小麦は再び豊作が見込まれ、新麦の品質も比較的良好、早稲の面積は明らかに回復し、秋食糧の播種面積も基本的に平穏なので、今年も豊作となる根拠がある。 要するに、中国は2004年以来16年連続の豊作で、今年(2020年)も豊作が見込まれているのみならず、中国政府が管理する食糧備蓄倉庫には全国民が1年間消費するだけの食糧が備蓄されているというのである。
どう考えても心配な事実
それが本当ならば、たとえ長江・淮河流域の食糧生産が洪水・冠水によって壊滅的な打撃を受けたとしても中国国民に対する食糧供給に支障は生じないということになるが、果たして現実はどうなのであろうか。 2020年5月頃から中国各地のメディアは「復耕荒田(荒れた田畑の再耕作)」を呼び掛けており、地方政府は農民たちに一定期間内に荒れた田畑の再耕作を始めなければ当該田畑の「承包権(請負権)」を回収すると中国政府の意向を宣伝している。 食糧が豊作で、食糧備蓄が十分にあるなら、何故に請負権の回収まで表明して「復耕荒田」を強制しようとしているのか。 中国では湖北省襄陽市、広西チワン族自治区桂林市、湖南省永州市などの地域で国産の蝗(イナゴ)による蝗害(こうがい)が発生しており、農村部では周囲一面をイナゴが埋め尽くし、田畑で栽培中の農作物が食い荒らされている。 一方、雲南省の普洱市や西双版納(シーサンパンナ)では、中国語で「黄脊竹蝗(Yellow-Spined Bamboo Locus)」と呼ばれるバッタが隣国のラオスから国境を越えて侵入し、竹や農作物が全滅状態にあるという。 なお、中国が最も恐れているのは、東アフリカで発生したと言われるサバクトビバッタだが、彼らはパキスタンを経由してインドからネパールまで東進しているが、中国への侵入は未だに確認されていない。 洪水・冠水に蝗害が加われば、中国の食糧生産は大きな打撃を受け、今年の年末に17年連続の豊作を祝うことは困難なものとなるだろうが、中国には上述の通り全国民が1年間消費可能な食糧を備蓄している倉庫があるから心配は不要という図式が考えられるのだ。
問題ないなら、なぜ米国に依存するのか
中国には中央政府が国有の「中国儲備粮管理集団有限公司(略称:中儲糧)」に食糧の備蓄を委託しているが、中儲糧の備蓄倉庫は全国に980カ所以上の直属倉庫および分倉庫があり、定期的に備蓄食糧を新しいものに転換しているという。 ちなみに、備蓄食糧に関する貯蔵期限の規定は、 ・長江以北地区:稲 2-3年、小麦 3-5年、トウモロコシ 2-3年、豆類 1-2年。 ・長江以南地区:稲 2-3年、小麦 3-4年、トウモロコシ 1-2年、豆類 1-2年。 上記の報道(B)が述べているのは、2019年3月31日から1年間をかけて食糧備蓄倉庫の食糧在庫状況を確認した結果、食糧在庫に問題はなかったということである。 しかし、中国には昔から食糧倉庫には「碩鼠(私腹を肥やす役人)」がはびこるという悪しき伝統があり、国家食糧・物資備蓄局による調査が実施される直前に食糧倉庫から失火して食糧の横流しや伝票の改ざんなどの犯罪に関わる証拠が隠滅されたケースが散見されており、全ての食糧倉庫に食糧在庫が確実に存在するかどうかは中国国民自体が疑問視しているのである。 ところで、7月15日付で米国農務省(USDA)は、7月14日に米国企業がトウモロコシ176万2000トンを中国へ輸出する契約に調印したと発表した。 これはトウモロコシの契約規模としては過去4番目に大きく、1日の取引量としては1994年以来最高の規模であった。これより4日前の7月10日には中国向けにトウモロコシ136万5000トンの輸出契約が締結されていた。これら2つの契約は今年中に商品の納入を完了することが予定されている。 2020年1月に米中両国は貿易協議の第1段階として、「中国が米国産品の輸入を2年で2000億ドル(約21兆円)増やすのに対し、米国は中国製品にかけた追加関税を段階的に下げること」で合意した。 6月30日に香港で『香港国家安全維持法』が施行されたことにより米中関係は今まで以上に悪化しているというのに、中国が依然として米国産農産物を買い付けているのは第1段階の目標達成というよりも、中国国内の食糧危機を見越した「背に腹は代えられない」事情があると考えるのが筋だろう。
北村 豊(中国鑑測家)
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