2019年4月9日火曜日

日本語学校を人材育成の「中核インフラ」に

Source:https://headlines.yahoo.co.jp/article?a=20190405-00010001-nipponcom-soci&p=2
4/5(金) 、ヤフーニュースより
佐藤 由利子
「出稼ぎ目的」と批判されるベトナムやネパール出身の留学生たちの中には、苦学して進学を目指す真面目で優秀な若者たちもいる。こうした学生たちを救済し、日本語学校が有望な人材の育成機関として機能するためには、行政の関与と支援策拡充が必須だ。
苦学して人生を切り開いた留学生たち
数年前、日本語学校でベトナムやネパールからの学生が急増していることが話題になり始めた頃のことだ。彼らの多くがアルバイトをしながら学んでいることについて、ある日本語学校の校長に意見を求めると、こう問い返された。

「予備校生がアルバイトしていたら、どうなりますか?」

確かに、予備校に通う日本人の若者が生活費を稼ぐためにアルバイトをしていたら、大学合格はおぼつかない。まして海外からの若者は、受験科目に加え日本語能力の習得が必要で、日本人の数十倍の努力を要する。大学進学を目指して日本語学校で学ぶ学生がアルバイトをしながら生活するということは、それぐらい大変なことなのだ。しかし、そのような大変な苦労を経て見事志望校に合格し、現在は日本や母国で活躍する元留学生に何人も会ってきた。

例えば、中国に戻り日系銀行で課長を務めている元留学生は、新聞奨学生として働きながら学んだ経験が、今の自分を作ったと話す。ベトナムで会った中堅日系企業の副社長も、元新聞奨学生である。日本語学校の学生時代は、深夜2時に起きて新聞配達、それから日本語の授業を受け、受験勉強をしたと言う。彼は大学時代に「学生リーダーシップ賞」を受賞し、大学院進学時には文部科学省の奨学金を取得した。彼の後輩で、岩手県の日本語学校で学んだ女性も、せんべい工場で働きながら日本語と受験勉強に励み、第一希望の国立大学に合格した。今は横浜の日本企業で働いている。彼らはホーチミン市のドンズー日本語学校の出身で、かつて日本で学んだグウェン・ドック・ホエ校長から、留学目的を忘れず、意志を強く持って勉学に励むよう訓示されたことが心の支えになったと言う。この他、ネパール出身で、日本語学校を経て大学院に進み、博士号を取得して大学講師をしている男性もいる。
豊かな学生は日本留学を選ばない
現在、働きながら学ぶ留学生を「出稼ぎ留学生」「偽装留学生」といった言葉でひとくくりにする風潮があるが、さまざまな苦難を乗り越えて夢を実現し、「有為な人材」として活躍する人たちがいることを忘れるべきではない。留学資金が十分にある者だけを選別していたら、彼らは日本に留学していなかったかもしれない。

2011年と18年の日本語学校で学ぶ者の主な出身国を比較すると、学生数は3.5倍に増加し、特にベトナム人留学生は29倍、ネパール人留学生は9.4倍に急増している。これらの国では、資金が十分ある者は米国、資金が少し足りない者はオーストラリア、英国などの英語圏を選択する傾向がある。ベトナムは日系企業の進出増も誘引となってはいるが、日本語という言葉の壁もかかわらず日本への留学を選択したのは、資格外活動(アルバイト)の上限時間が他国より長く、資金が十分になくても働きながら学ぶことが可能な国だからという理由が大きい。

なお、資格外活動の上限は、日本では1週間で28時間(長期休暇中は1日8時間)であるのに対し、米国では学外のアルバイトは原則禁止、オーストラリアでは2週間で40時間、ドイツやフランスは週18.5時間程度である。
東日本大震災を境に非漢字圏出身者が急増
だが、現在の日本語学校による留学生の受け入れにはいくつかの問題がある。

第一は、学生選抜の問題である。上述のように、留学資金の有無だけで学生を選別していると、日本への留学生は大幅減となってしまう。だからといって、十分な学力も資金もない、学習意欲もない学生を選抜するのは大きな問題だ。

非漢字圏からの留学生急増の契機となったのは、2011年の東日本大震災で、中国、韓国、台湾という漢字圏出身学生の来日中止が相次いだことだ。危機感を抱いた日本語学校関係者は、これまで留学生が少なかった非漢字圏の国での学生リクルートを強化し、多くの場合、現地の協力者に成功報酬を支払うことで学生を集めた(学生1人当たり7~15万円といわれる)。

現地の協力者の中には、留学斡旋(あっせん)業を開業し、学生集めのために日本でのアルバイト収入を誇張したり、就労が主目的の者まで集める業者が出てきた。現在、これらの国では、日本留学ビザの審査が厳格化しているが、応募者の収入だけではなく、

学力や日本語能力についてもきちんと審査した上で留学ビザを出し、学力と意欲が高いのに資金が不足している者には、救済策も検討する必要がある。
1日食費800円の困窮生活
第二は、学生への支援である。日本語学校で学ぶ期間は日本語が十分話せず、日本の生活にも慣れていない最も脆弱(ぜいじゃく)な時期である。しかし今の制度では、日本語学校の学生に対する支援が最も手薄になっている。その理由は、日本語学校の多くが学校法人格を有しておらず(文末注)、文部科学省による学校行政の対象外に置かれていることによる。学校法人でない場合には、授業料に消費税が課税され、通学用定期に学割が適用されない。また、奨学金を受給できる可能性も低い。

日本語学校に通う学生の月当たりの収入と支出の主な項目を、漢字圏出身者と非漢字圏出身者で比較してみよう。漢字圏出身者については、2011年から17年にかけて仕送り額が27%上昇している。一方、非漢字圏出身者については、仕送り額が24%減少し、アルバイトを主たる収入源とする者の割合が増加している。食費と住居費も漢字圏出身者で増加、非漢字圏出身者では減少している。非漢字圏出身者の食費を日割りにすると、1日800円足らずに過ぎず、非常に切り詰めた生活をしていることがうかがえる。
真面目な学生と学校への支援拡充を
上述のように非漢字圏出身学生の仕送り額、食費、住居費が下がっているのは、ベトナム、ネパールなど所得水準が相対的に低い国からの学生が増えたこと(世界銀行によれば、2015年時点の一人当たりGDPはベトナム2065米ドル、ネパール747米ドル)、また、同じ国の中でもより貧しい家庭の学生が増えたことによると考えられる。彼らの中には、慣れないアルバイトで疲れ果て、勉学に集中できず、日本語能力が十分に向上しないまま学校を卒業する者、心身の健康を害し、途中帰国する者、突然死や、自殺する者もいる。

中には、留学生が学費を支払い授業に出席さえすれば、教育成果が上がらなくても意に介さない学校もある。日本語学校は留学生の進学、就職という次のステップへの土台を作り、日本の印象を決定付ける重要な場所だ。学生が追い詰められることのないように、十分な指導監督を行うとともに、真面目に勉強する学生に対しては支援を拡充する必要がある。

元入国管理局職員であった坂中英徳氏は、英語圏に比べて人材獲得に不利な非英語圏の日本は、「若さ」「専門知識」「日本語能力」の3要件を兼ね備えた人材を確保するため、留学生の増加や永住支援による「人材育成型移民政策」が必要だと提唱している。少子高齢化が進む中で、こうした政策はますます重要になっている。日本語学校がこの3要件を満たす人材を育てる「人材育成型移民政策」の中核インフラとして機能するためには、教育の質向上に向けた行政の関与と支援の拡充が必要である。

注) 日本語教育振興協会の加盟256校に対する調査(2018年)では、学校法人・準学校法人は28.1%で、株式会社・有限会社が56.7%に上る。専修学校について規定した学校教育法第124条に「我が国に居住する外国人を専ら対象とするものを除く」という規定があることが、その要因の1つと言われる。
【Profile】
佐藤 由利子 SATO Yuriko
東京工業大学環境・社会理工学院准教授。専門は留学生政策、開発経済など。1980年東京大学教養学部卒業、2007年東京工業大学社会理工学研究科で学術博士号取得。国際協力事業団(JICA)勤務、東京工業大学留学生センター准教授を経て、16年から現職。著書に『日本の留学生政策の評価―人材養成、友好促進、経済効果の視点から』(東信堂、2010年)など。

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