木村正人 | 在英国際ジャーナリスト2015年10月6日
「シリア難民?ほとんど『移民』だろ」
「はすみとしこの世界」というフェイスブックに「そうだ難民しよう!」というイラストが投稿された。「酷い」「邪悪な偏見」とたちまち炎上し、日本の英字紙ジャパン・タイムズが「難民の少女をモチーフにした『レイシスト(差別主義者)』イラストが日本のネット市民の怒りを買っている」と海外向けに報道する騒ぎになった。
イラストのモチーフになった難民の少女を撮影したカメラマンは「邪悪な偏見を表現するために無辜の子供の写真を使うとは大変ショックで、深く悲しんでいる」とツィートしている。FBのメッセージで「はすみとしこの世界」の管理人にコメントを求めてみた。回答の中には根拠がない、デタラメな内容が多く、一部は削除した。
――どういう考えで「そうだ難民しよう!」というイラストを投稿されましたか?
「そもそも、イラクの難民が出来たのも国連軍(筆者注:米英両国)が『大量破壊兵器がある』と主張して空爆し、フセイン大統領を処刑したことから始まっているのです。せっかくやったイラク戦争ですが、最大の焦点となった大量破壊兵器は結局見つからず、イラク国内は大混乱しました。しかも、それに対し国連が全く責任を果たしていない、全く機能されていない、とそう私は思います」
「国連事務総長の潘基文氏は、抗日戦争70周年記念の軍事パレードには出席しましたが、イラクの難民(筆者注:シリアの間違いか?国連難民高等弁務官事務所はイラクやシリアの難民支援に取り組んでいる)に対して全くと言って良いほど有効な手を打っていません。それどころか、周辺各国に難民を受け入れるように促すだけという無能さをさらけ出しています」
(筆者注:次の下りは在日韓国・朝鮮人が日本人より優遇されているというまったく根拠のない主張が続くので削除)
「私は、難民であるのか無いのかをきっちり調べ、本当の難民であれば人道的に助けるべきだと思っていますが、一部(報道では3割)の偽難民がそれを権利と思いやってくる事に問題を感じ、問題提起として、偽難民について皆さんが考えるきっかけをつくりたかったのです」
「イギリスでは、難民には月間約17万円(筆者注:英下院図書館のリサーチペーパーによると不法移民は手当を申請できない。難民認定申請者に対する手当は1週間36.95ポンド=6744円。18歳以上のカップルは72.52ポンド=1万3236円。1人当たりの支給額は1カ月で2万8645円)が支給されます。これは、パートで働くより良い収入です。日本にもイギリスにも、これを初めから目当てにしてやってくる『移民』や『難民』がおり、さらに人権派弁護士が裏について、あらゆる権利を行使できるように口添えしてる実態があります」
「本当の難民は保護すべきですが、イラク(筆者注:シリアの間違いか?)で働くよりも月額17万円の保護を受ける方が良いと思い、自分の国を自力で再建するのでは無く、難民と称して移民するのは問題があると思います」
「真面目に働いて、税金を納めている方々の税金が、その自称難民達に対する援助には使われるべきでは無いと思います」。
――FBのイラストにつけられている説明(不幸にも溺死してしまった自称シリア難民のお子さん一家は、実はトルコ在住家族で、トルコ政府から無償援助を受け取っていた。パパは船には乗っていずトルコに残り、ママと子どもだけが乗船)が事実と異なっていることについて、どう思われますか
「質問の意味がわからないので答えられません」
――FBから一度、削除されたイラストが再び公開されたいきさつについて教えてください
「『コミュニティに多数の苦情が入ったので一時非表示にしています』とFB運営からメッセージがあり、事実コミュニティは非公開されていました。皆さん削除と非表示を混同されているようですが、非表示と削除は違います」
「非表示とは運営の操作によって閲覧出来ない状態にあることを指します。削除は何もかも全て『消えて無くなる』のです。今回の場合、私は非表示でしたので、『再開しますか?』とのFBからのアイコンも出ていたので、再開を申請し、FB運営も再度当コミュニティを審査、問題なしとの判断で再開に至ったわけです」
「あれが削除処分なら、イラストに付随する批判するコメントも全て消失してしまったのでしょう。しかし今回は非表示が再開されたのですから、皆さんのコメントもまた見れるようになった。とこういうことです」
――ハンガリーやドイツでもあなたと同じように考える人が意外と多いことについてどう思われますか
「難民問題を本当に真剣に、自分の身近な出来事として捉えて考えれば、結局は私のような考えに行き着くのだろうと思います」
以下はFBに投稿された、はすみとしこ(蓮見都志子)さん本人からとされるコメントだ。
「当該イラストが色々賛否両論交わされていますが、私はそれはそれで良いと思います。日本は言論の自由があります。皆さんが法の許す範囲内で自分の主張を展開するのは実に健全な姿であると思うからです。(だから、せっかくの皆さんのコメントを消したくないのでイラストも削除したくない)」
「私は常々 今回のシリア難民は『なりすまし難民』ではないかと考えています。本来ならば裏口から入ってくる不法移民が、堂々と正面玄関からどっと押し寄せているのだと。シリア難民の報道や写真を見ますと、身体が丈夫な働き盛りの男性が多く目に映ります」
「彼らは祖国を良くしようと戦うことを放棄し、国を棄て、より安全で快適な生活を求めて『可哀想な難民』を装っているのだと思います。彼らは難民として移動するのに違法ブローカーに大金を支払っています。そういう記事を9/18付けの読売新聞で読みました。彼らは元々無一文だったわけではないのです」
「私は従来の、本当に不幸な難民を否定しているわけではありません。そういう本当に不幸な人たちへの注目を利用して、自分らに利する行動をとっている『なりすまし難民』を否定しているのです。当該イラストはそれを揶揄したものです。作品の本心を理解できない方がたくさんいらっしゃいますが、私はそんな物事の本質を見抜けない人達を残念に思います」
「しかしながら日本は言論や表現の自由がありますので、そういう否定的な意見も含めて、多種多様な主張・議論がなされることは良い事だし健全だと思います」
英国では「難民特権」メール出回る
こうした意見は欧州でも良く聞かれる。「はすみとしこの世界」の管理人やイラストの作者を批判したところで根本的な問題が解決するわけではない。先に紹介した英下院図書館のリサーチペーパーを見てみる。同じような騒動が英国でも起きている。問題の発端は差出人不明の電子メールだった。
「英国で暮らす不法移民や難民は年間最大2万9900ポンド(545万7529円)の支援が受けられる。年金生活者の手当は年間6千ポンド(109万5156円)だ」
英国の年金生活者より不法移民や難民の方が5倍も多く手当をもらっているという内容だ。国名などを入れ替えた電子メールが、オーストラリア、カナダ、米国、インドにも出回った。オーストラリア政府は2008年5月以降、電子メールの内容がデタラメであることを何度も公布している。
在日韓国・朝鮮人が日本人より優遇されているというありもしない「在日特権」を理由に排外主義を撒き散らす日本の「在日特権を許さない市民の会」と同じような主張は海外でも流布している。英下院図書館の調査によると、英国の年金生活者への給付は以下の通りだ。
年金クレジットとは国の定める最低所得補償額との差額を支給する英国の制度だ。英国の難民認定申請者への給付は以下の通りだ。
実際のところ年金生活者への給付の方が多かった。
「偽装難民」という虚構
就労を目的とした難民申請の「偽装」「悪用」「濫用」について、日本の認定NPO(非営利組織)「難民支援協会」は「日本の難民認定制度は国際的な基準に照らして、認定基準が非常に厳しいと考えています。現在の厳しい制度を前提に、不認定となった人がすべて『偽装』であったと捉えられるとすれば、それは大きな問題です」と指摘している。
難民支援協会のホームページから日本で難民認定申請を行ったものの、不認定になったケースを拾ってみよう。
ネパール出身の難民認定申請者はネパール共産党毛沢東主義派(マオイスト)から彼らを支持するよう脅迫を受けた。拒否したところ「殺す」という脅迫を受けて出国、日本で難民申請を行ったが、不認定となった。
パキスタン出身の申請者はタリバンに対抗する知り合いを助けたところ、タリバンから命を狙われるようになり出国、日本で申請したが不認定となった。キリスト教関係者だったナイジェリア出身の申請者は反政府武装過激派組織ボコ・ハラムが次々に教会を爆破し始めたため出国、日本では不認定となった。
迫害を行う主体が国家ではなく非政府組織の場合、日本では不認定だが、海外では難民として認定されている。
法務省によると、2014年の難民認定申請者は前年比1740人増の5千人と過去最多を更新したが、認定者数はわずか11人にとどまった。人道的な配慮が必要として在留を認めた者は110人だった。不認定の4077人を「偽装難民」と切り捨ててしまうのは正しい判断ではない。
「灰色の利益」
祖国で紛争に巻き込まれたり、迫害を受けたりしている申請者の努力や、難民調査官の調査でも申請者の主張を裏付けるのが難しいケースは少なくない。こうした申請者を不認定とし、本国に送還するのは明らかに人道に反している。
「難民の資格を有しない者が難民認定手続を悪用して在留するよりも、真の難民が迫害のおそれのある国に送還される方がはるかに悪いという基本的価値判断に疑いの余地はない」(国会図書館ISSUE BRIEF「我が国の難民認定制度の現状と論点」より)
こうした考え方は「疑わしきは申請者の利益に(灰色の利益)」と呼ばれている。悲しいかな日本では十分に浸透しているとは言い難いのが現状だ。
難民支援協会によると、「難民申請中の人の多くは、生活基盤や法的地位が不安定な状況の中、審査結果が出るまでの長い間、先の見えない苦しい生活を送っている」という。働く資格がなく働けない。国民健康保険に加入できないため病院に行くのをあきらめる人もいる。
定住者または1年以上の特定活動ビザを認められた人が生活に困窮した場合、生活保護を申請できる。特定活動ビザの場合、申請できないと判断されてしまうこともある。申請中に生活に困窮した者は外務省に保護費を申請できる。生活費が1日1500円(子供750円)、単身者の住居費は月額4万円だ。
果たしてこれが「贅沢」と言える金額なのか。
「最大95%は経済移民」という大ウソ
シリア難民の中に、多くの経済移民が交じっているという主張はハンガリーのオルバン首相、スロバキアのフィツォ首相が行っている。オルバン首相が「欧州に流入してくる人々の圧倒的多数は難民ではない」と切り捨てれば、フィツォ首相は「最大95%は経済移民だ」と言い放つ。
何も「はすみとしこの世界」だけが特別ではないのだ。しかしUNHCRによると、今年ギリシャに漂着した10人に9人がシリア、アフガニスタン、イラクからで、少なくとも全体の81%が難民認定か何らかの保護を認められるケースだった。イタリアではエリトリア、ソマリア、スーダンからが41%を占め、シリアは6%。
シリア、エリトリア、イラク、アフガン、イラン、ソマリア、スーダンの7カ国について欧州連合(EU)が何らかの形で保護を与えた割合は50~90%超に達している。難民がギリシャからマケドニア、セルビア、クロアチア、ハンガリーを経由してドイツに向かう間に「安全国」のコソボ、セルビア、アルバニアから「経済移民」が流入している。
今回の難民危機はアフガン、イラク戦争に続く、シリア内戦の深刻化に端を発している。難民問題ではなく「経済移民」「偽装難民」をことさら強調するのは木を見て森を見ずだ。ソーシャルメディアが急速に普及し、根拠のないデマや偏見、嫌悪と排外主義が瞬く間に拡散するようになった。海外では主要メディアを中心に新興メディアも含め、こうしたデマや偏見を打ち消すファクトチェック報道が盛んに行われている。
積極的平和主義を掲げる安倍政権は難民受け入れに及び腰にならず、しっかりした理念と目標を掲げるべきである。それこそ戦後70年談話よりもっと大切な日本のかたちを国際社会に発信することになる。主要メディアも旧日本軍慰安婦や歴史問題に費やす情熱のほんの少しでも良いから難民問題に注いでほしい。官邸や永田町、霞ケ関の夜回りはもうほどほどにして、ネット空間のデマや偏見にも目を向けてほしい。今回の難民危機は対岸の火事ではない。アジアにも火種はくすぶっている。
(おわり)
注:イラストはトレース元の写真を撮影した写真家の要望により削除しました。
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