Source:https://news.yahoo.co.jp/articles/23488339b99828be09d4610082ece187d3023500
近藤幸夫のReライフ山歩き部第16回
大自然を満喫できる山歩きは、心と体の健康に最適です。しかし、準備不足や判断を間違えると、遭難の危険性もはらんでいます。初心者が楽しく、安全に山歩きができる極意を、山岳ジャーナリストの近藤幸夫さんが紹介します。
10月13日、信州大学学士山岳会の副会長から「明日からネパールです」とメールが届きました。目的はヒマラヤのトレッキング。メンバーは副会長ともう1人の会員の計2人。計画書には、ネパール中部のマナスルなどの高峰を望むコースの地図があり、ガイド名も記されていました。計画書を読みながら、10年前のヒマラヤでの思い出がよみがえってきました。
取材でエベレストへ カトマンズの山岳ガイドが協力
朝日新聞在職中の2013年5月、私はヒマラヤ山脈にそびえる世界最高峰エベレスト(8848メートル)のベースキャンプ(BC)を取材で訪れました。その時、ガイドをお願いしたのがカトマンズに住む山岳ガイドのラム・カジ・タマンさん(46)です。 エベレストBCは、標高約5300メートルの高所にあります。空気中の酸素が薄く、高山病にかかる恐れがあります。もともと人間が定住できるのは、4500メートルが限界の高度といわれています。エベレストBCは、本来人間が住める場所ではないのです。 しかし、高所に体を慣らしながら時間をかけて歩いていけば、エベレストBCでも生活できるようになるのです。エベレストBCへのルートは、「エベレスト街道」と呼ばれ、ネパールでも人気のトレッキングルートです。 高山病にならないよう安全に到達するには、トレッキングガイドが不可欠な存在です。 特に、私は取材のためエベレストBCに行くのが目的なので、高山病にかかるわけにはいきません。トレッキングの安全を確保するためにも、経験豊富なガイドが必要だったのです。 ラムさんは、安全対策だけでなく、取材のサポートでも活躍してくれました。
エベレスト 入山料は別格
エベレストは、世界中から大勢の登山家がその頂きを目指します。世界最高峰という特別な山なので入山料は別格です。当時、他の8千メートル峰が1人5千ドル(約50万円)なのに、エベレストは一般的な登山シーズンの春季の通常ルートが2万5千ドル。ただし「団体割引」があり、エベレストは7人以上で1人1万ドル(約100万円)になります。このため、異なる隊が7人以上集まって一つの隊として申請する例が目立ちます。登山隊の国籍は、代表者になるので、複数の隊が合同した隊として申請した際でも名目上は1カ国となります。 私は、現地からエベレスト登山の記事を書こうと思いました。 その際、「○カ国、○人」のデータが必要となります。エベレスト街道では、主要な集落にチェックポスト(検問所)があり、登山隊だけでなく、トレッキング客も氏名や国籍などを申告しなければなりません。トレッキングでも入域料を払い、チェックポストで許可証の提示が必要です。 当時、ヒマラヤ山中のチェックポストでは、パソコンが導入されておらず、大きな台帳に手書きで記入していました。登山隊が立ち寄るチェックポストで、登山隊の人数や国籍などを確認しました。事務所の職員は人数について即答してくれましたが、全員の国籍は「調べないとわからない」との回答でした。 台帳は、登山隊とトレッキング客とは別々ですが、登山隊の台帳だけでも数百人にのぼります。私は台帳を借り、事務所の一角でノートに国籍をチェックし始めました。 するとラムさんが、手にスマートフォンを持ち、ニコニコしながら話しかけてきました。 「コンドウさん。スマホで台帳の写真を撮って、ロッジに戻ってチェックしませんか」 思いも寄らぬ提案でした。そういえば、トレッキング中の昼食は、集落ごとにあるロッジで食べるのですが、いつもラムさんがスマホでロッジに電話をかけて注文していました。 1999年、登山家の故田部井淳子さんが24年ぶりにエベレストBCを再訪した際、私は同行取材しました。この時の通信手段は、集落間で無線を使っていました。2013年には、ヒマラヤ山中でもスマホが普及し、トレッキングルートで物資を運ぶポーターらがスマホで連絡を取り合っているのを見て驚きました。 ラムさんは台帳を広げ、全てのページをスマホのカメラで撮影しました。その晩宿泊するロッジで、撮影したページを確認し、国籍をチェックしました。この年のエベレストに挑んだ登山家の出身国は46カ国だとわかり、私は現地から「エベレスト登山様変り」の見出しで「登山家の出身国は46を数える。『まるでオリンピックのよう』と山岳関係者は言った」という記事を書きました。 ラムさんは、「ネパールでは2010年ころからスマホが普及し始め、カメラとしても利用できるので持っていました。コンドウさんが困っていたので、アイデアを出したのです」と説明してくれました。
ガイドがペース配分、取材の通訳、事務手続きなどで活躍
この時、登山口のルクラからエベレストBC往復のトレッキングは約2週間かかりましたが、何度もラムさんに助けてもらいました。チェックポストでの申告のほか、ロッジの手配や通訳など。ラムさんは、日本語だけでなく英語も堪能なので海外から訪れるトレッキング客の取材でも通訳として活躍してくれました。 トレッキング中、ラムさんは常に私の体調を気遣ってくれました。適度に休養日を設け、近くの5000メートル峰に案内して高所順応をさせてくれたのです。このおかげでエベレストBCでは普通に取材ができました。
実際、4000メートルを超す高所では、高山病にかかったトレッキング客を救助するため、何度もヘリコプターがやってくるのを目撃しました。高山病を治す薬はなく、最も確実な「治療」は高度を下げることなのです。高山病にかかれば、取材をあきらめるしかないのです。
ヒマラヤ登山が取り持つ縁
ラムさんは、2018年から長男が登山やトレッキングの旅行会社を設立してガイドとして働いているそうです。 ラムさん自身は、トレッキングだけでなく登山のガイドもしています。2009年、日本の登山隊のガイドを務め、エベレストにも登頂した有能な山岳ガイドでもあるのです。 驚いたことに、信州大学士山岳会の副会長が、今回ガイドを依頼したのがラムさんの兄のパサンさんでした。パサンさんもラムさんと同じ会社で働いています。 新型コロナウイルスは、ネパールでも猛威を振るい、2020年春から登山隊やトレッキング客が激減したそうです。しかし、昨年からトレッキングの人気がコロナ前の状況に戻り、欧米から大勢のトレッキング客が訪れているそうです。日本人については、まだまだコロナ前には戻っていないそうです。 現在、私はラムさんとLINEやメールで連絡を取り合っています。日本語に堪能でひらがなだと理解してもらえます。 ラムさんは「ネパールのトレッキングは、雄大なヒマラヤの高峰を間近に望めるのが魅力です。高山病の心配が少ないコースもあります。ゆっくり歩いて、美味しいものを食べてトレッキングを楽しんでください」と伝えてきました。 ラムさんが所属する旅行会社のサイトには、日本語サイトもあります。(https://janakchulitreks.com/japanese.php) こうしたサイトを参考に、ネパールでのトレッキングも「山歩き」の候補に考えてはいかがでしょうか。
近藤 幸夫(こんどう・ゆきお) 山岳ジャーナリスト
近藤幸夫 近藤 幸夫(こんどう・ゆきお) 山岳ジャーナリスト 1959年生まれ。信州大学農学部を卒業後、86年に朝日新聞社に入社。初任地の富山支局(現富山総局)で山岳取材をスタートする。大阪本社編集局運動部(現スポーツ部)に異動後、南極や北極、ヒマラヤなど海外取材を多数経験。2013年、東京本社編集局スポーツ部から長野総局に異動し、山岳専門記者として活動。山岳遭難や山小屋、ライチョウなど山を巡る話題をテーマに記事を執筆。2022年1月、フリーランスになる。日本山岳会、日本ヒマラヤ協会、日本山岳文化学会に所属。長野市在住。



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