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<不世出の山岳ジャーナリスト> エリザベス・ホウリー 【山岳スーパースター列伝】#41
文◉森山憲一 Text by Kenichi Moriyamaイラスト◉綿谷 寛 Illustration by Hiroshi Watatani出典◉PEAKS 2018年6月号 No。103。 山登りの歴史を形作ってきた人物を紹介するこのコーナー。「山岳ジャーナリスト」の名がこれほどふさわしい人物はいないであろう。
エリザベス・ホウリー
山岳編集者としての私の大先輩に、「登山の生き字引」といえるような人がいる。ヒマラヤ登山やクライミングなど先鋭登山の専門家で、私が山の標高やルートの初登年などを突然尋ねたとしても、ほとんどソラで答えてくれた。 あるときなど、ヒマラヤから帰ってきたばかりの登山家がその人のもとを訪ねてきて、「○○の通過が難しかったです」と報告したところ、「××くん、そこは右から巻くように行くといいんだよ」と答えたという。 登山家は「なるほど! それは気づかなかったなあ」と感心していたというのだが、”その人”自身は、そこには行ったことがないのである。それどころか、登山もほとんどやらない。それでも、歴戦の登山家をうならせる知識を持っている。まさに生き字引、あるいはアームチェア・ディテクティブ。 その人の名を池田常道という。『岩と雪』という伝説的な先鋭登山雑誌の編集長を長年務めた人物で、以前、PEAKSの連載「Because it is there…」で大きくインタビューされたこともあるので、ご記憶の方もいるかもしれない。鳥類を思わせる鋭い風貌と、メガネの奥に光る、感情をくみとれない抜け目のない視線を。 コンピューターのような正確性と大容量ハードディスクのような情報量において、この人を超える人物には会ったことがないのだが、なんと、その池田をさらにスケールアップしたような人が海外にはいる。いや、正確には「いた」。2018年1月、94歳で亡くなったエリザベス・ホウリーという女性ジャーナリストである。 ホウリーは、1923年、アメリカ・シカゴの生まれ。1960年からネパールのカトマンズに移り住み、ロイター通信の記者としてヒマラヤ登山の情報を配信するようになった。エベレストの初登頂こそすでに終わっていたが、時は、ヒマラヤ先鋭登山の黄金時代にさしかかっていた。 高峰の初登頂や新ルートの登攀などにニュースバリューがあった時代で、その最前線で取材をするホウリーの情報を世界中のメディアが欲しがった。池田もそのひとりだったのである。 彼女の取材は、徹底して事実に基づく、きわめてジャーナリスティックなもの。地の利を生かして、登山を終えてカトマンズに戻ってきた登山家に直接会いに行き、登山の内容を根掘り葉掘り聞き出した。 このとき、彼女に嘘や誇張は通用しない。既存のルートから少し外れただけのルートを「新ルート開拓」と喧伝したり、山頂手前のわずかな区間だけをひとりで登って「単独登頂」と謳ったりすることが、登山界ではたまにある。そんなときでも、ホウリーはその一部始終を聞き出し、ときには証拠となる写真などを求め、そして最後にこう告げるのだ。 「それは新ルートではなく、バリエーションね」。 「登頂おめでとう。単独ではないけど」。 かといってあら探しばかりしているわけではない。間違いない価値を認めれば、それをきちんと評価もする。2012年にキャシャール南ピラーを初登攀して、後にピオレドールを受賞した山岳ガイドの花谷泰広は、ホウリーのインタビューを受けた際、「いい登山ね」と言われてたいへん感激したと語っている。彼女にとって大切なのは、人を腐すことではなく、逆に実態以上に持ち上げることでもなく、あくまで「事実」なのだ。 このまったくブレないジャーナリストとしての姿勢と、長年の活動で積み上げた膨大な情報量、そしてその正確性は他の追随を許さず、世界中の登山家や登山メディアからのリスペクトを受け続けてきた。 自身は登山をやらない小柄なおばあさんが、かのラインホルト・メスナーと対等以上に話ができ、彼女のデータベースは実質的に世界の「公式記録」となっている。その情報の質と量を考えれば、池田常道が全面的に信頼を寄せていたのも当然で、私ごときでも、記事でえらそうにヒマラヤ登山の歴史を語るとき、その多くは、彼女発の情報によっていたりするのだ。 唯一無二で不世出の山岳ジャーナリスト。彼女が亡くなったいま、ヒマラヤ登山の情報はだれに聞けばよいのか。巨大な指針がなくなってしまい、世界の登山メディアは途方にくれている。 エリザベス・ホウリーElizabeth Hawley1923~2018年。アメリカ・シカゴ出身のジャーナリスト。雑誌『Fortune』の編集職を経て、1960年にネパール・カトマンズに移住し、ロイター通信の特派員という立場でヒマラヤ登山の情報発信を行なう。以降、2016年までカトマンズをベースに取材活動を続ける。長年の取材で積み重ねた膨大な登山記録は現在も更新が続けられており、「ヒマラヤン・データベース」として無料で閲覧が可能である。 PEAKS編集部

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