Source:https://news.yahoo.co.jp/articles/4a45be81ed6c72ce5504bb4ecad8adbe8422919d
日本で働く外国人労働者と言えば「苦労人」「故郷に残した家族のため厳しい労働環境で働いている」などとイメージしがちだが、それは一面的な見方に過ぎない。新大久保で青春を謳歌するベトナム人・チャンさんの暮らしぶりを、室橋裕和氏による『ルポ新大久保 移民最前線都市を歩く』より一部抜粋・再構成してお届けする。 【写真】「何もしない」を職業にした35歳男の豊かな人生 日本で暮らすベトナム人というと、技能実習生が思い浮かぶ。工場や農業、漁業などに従事し、ときに日本人から手ひどい搾取や差別を受けているかわいそうな人たち……そんなイメージがある。これは日本側にもベトナム側にも大きな問題があり、ひと口で言えるような話ではないのだが、それはさておき東京に、新大久保には彼ら実習生は少ない。実習生たちが働いているのは、工場や農地、漁港などのある地方だ。都内に暮らしているベトナム人の主力は、留学生なのである。
とくに新宿区は、新大久保から高田馬場にかけての一帯に、日本語学校や、外国人を受け入れている専門学校が密集する。一説によれば、そのルーツは1935年(昭和10年)にさかのぼるという。新大久保に近い歌舞伎町に「国際学友会」という施設がつくられ、留学生の受け入れをはじめたのだ(後に北新宿に移転)。 ■なぜ新大久保に外国人留学生が集まるのか? さらに1983年(昭和58年)には、かの中曽根康弘首相が「21世紀には10万人の留学生を受け入れる国にする」とブチ上げた。彼ら留学生が日本で学んだ後に、母国との強いパイプになり、グローバル化しつつある社会の先導役になる……そんなことを期待したらしい。フランスはじめ欧米諸国を見習っての政策だったが、これを受けて新大久保周辺には日本語学校が急増する。国際学友会という先達があったからだ。「10万人計画」は2003年に実現するが、これをきっかけに新大久保周辺には外国人対象の学校や、彼らが暮らす寮がどんどん増えていったらしい。
いまではすっかり学生の街だ。最も賑わうのは夕方だろう。授業を終えて、アルバイトへと向かう若い留学生たちでごった返す。その顔ぶれは多彩だ。中国、東南アジア、南アジア、アフリカ……ある者は居酒屋へ、ある者はコンビニへ。ホテルの清掃だとか、スーパーマーケッ ト、ファストフードなど、都内で出会う外国人の労働者は、かなりの部分が彼ら留学生なのだ。 そんな留学生の中でも、ベトナム人が集まってくるカフェが新大久保にはある。西大久保公園の正門がある狭い通りを、少し北に歩くと見えてくるカラフルな建物。レンガ調の壁に、紅白の看板、色とりどりの椅子とテーブル。この寒い時期でも、週末になれば外の席にまでたくさんのベトナム人があふれ、賑やかなのだ。気になっていた。
この日は平日の夕方だったが、それでもベトナムの若者たちで店は7割がた埋まっている。見たところ店員もベトナム人のようだ。外国人がどうのというよりも、その若々しさにアウェー感を覚えてしまう。 おじさんがお邪魔することにやや申し訳なさを感じつつも入ってみれば、そこはなんだか高校か大学の部室のようだった。屈託なくしゃべっている女子のグループ、スマホに夢中になっている男子たち、それに奥のテーブルではギターを弾いて歌っている4人組。思い思いにこの場所で時間を過ごしている。誰もがきっと、母国ではほとんど着たことがなかっただろう厚手の服をまとっているが、けっこうおしゃれだ。それもこの寒い異国での楽しみのひとつに違いない。
日本人の店ではなかなか見られない満面の笑みの店員が、そっと運んできてくれたのは、店名にもなっている「エッグコーヒー」だ。カップの下の部分にはブラックコーヒー、その上にはふちまであふれそうに盛られた泡が乗っかり、二層になっている。 そして泡の上に描かれた、かわいらしいラテアート。だからずいぶんと時間がかかっていたのか。ラテアートが完成するまで根気よく待つのも店のスタイルのようだ。で、この泡は卵黄と練乳とが混ぜられているとかで、卵の風味がほんのりと甘い。ブラックコーヒーと少しずつ溶け合わせて、味の変化を楽しむのだ。
ハノイ名物のこのコーヒー、日本ではこちらのお店がはじめて出したのだという。そのコーヒーを少しずつ舐めるように飲みながら、おしゃべりをし、テレビで流れているベトナムの番組に見入り、ヒマワリの種をぽりぽりかじって、またギターをかきならし、声を張り上げて歌う。 そんなひとりに、話しかけてみた。 ■日本に来て3年になるチャンさん 「ほとんど毎日、ここに来ているんです。この店に来れば、誰か友達がいるから」 そう笑うのはチャン・トゥン・ドゥックさん、27歳。革ジャンの似合うイケメンであった。日本に来て3年、日本語はまだたどたどしいけれど、なんとかこちらに伝えようとする熱意がこもる。
「ハノイのそばの、ハイフォン出身です。子供の頃から、日本の漫画を見て育ったんです。とくに『NARUTO』が好きだった。だからいつか、日本の文化に触れてみたかった」なんて優等生的なことと言いつつ、「でも『ワンピース』は長すぎるよ。早く話をまとめたほうがいい」と苦言も呈する。 日本語学校を出てから、専門学校や大学に入るというコースはトゥイさんと一緒だ。それから大塚にある外国人専門の不動産屋に就職を果たしたのだという。
「僕のほかにも、何人か外国人のスタッフがいるんです。中国人とかネパール人とか」 これだけ外国人が増えた日本社会でも、まだまだ誰もが住む場所には苦労しているのだという。外国人に部屋を貸してくれる物件は限られるのだ。それに契約時には、日本人だって面倒なあれやこれやの書類の束との格闘が待っているわけだが、これらはすべて日本語だ。日本に来て、さあ住む部屋を探そうという外国人にとっては、いきなりの高いハードルなのである。
そこで、外国人専門に住居を斡旋するビジネスが成立するというわけだ。彼はその職場のある大塚から、仕事が終わると山手線で新大久保までやってきて、仲間たちと会い、ひとしきり話す。本当に毎日、まさに日課なのだという。 「ここは日本語学校で知り合った友達に連れてきてもらって知ったんです。こんなに同じ世代のベトナム人が集まっている場所があるなんて、知らなかった」 ■青春を謳歌するチャンさんと仲間たち チャンさんの仲間たちの立場はさまざまだ。あいつはまだ日本語学校に通ってる。あの子はホテルに就職した。こいつは親戚がやってるベトナムレストランで働いてるんだ。向こうの彼はこれから居酒屋で夜勤だって。それとあのギターを弾いてるやつは、日本で起業を考えてるって言ってる。
「みんな、家族のようなんだ。きょうだいのようなんだ」 この国で暮らしていれば、きっと母国にはないストレスがあるだろう。コンビニや居酒屋で黙々と働いているベトナム人たちを見ていれば、それはなんとなく察しがつく。一日の終わりにはくたびれ果てているかもしれない。 だけど、ここに来れば見知った顔がいて、その日の出来事やぐちを語り合い、馬鹿な話をして、歌うことができる。学校や仕事で使っている言葉ではなく、故郷の言葉で。
話題はさまざまだ。「外国人留学生は週に28時間しかアルバイトできないから、生活が苦しい」なんて話はもう誰もが飽き飽きした定番だ。もっと割のいいバイトはないか、ビザが更新できるだろうか、帰国したあいつは元気でやってるか、バイト先のコンビニで日本人客に偉そうに怒られて頭に来た、そんなことより今度はみんなで休みを合わせて富士山に行こうぜ、そういえばあいつとあいつが付き合ってるらしいよ……。 そんなかまびすしい声が、夕暮れの「エッグコーヒー」には満ちている。いまの毎日への不満や怒り、日本社会への親しみと反発。それでも、その中から、外国生活の楽しさを見つけようと、将来をつかもうと躍起になっている。むせかえるほどに、青春なのである。
ひとしきり「エッグコーヒー」で騒いだチャンさんは、自宅のある西日暮里に帰っていく。 「駅から10分も歩くと、安い物件が多いんです。新宿と違って」 日暮里近辺もアジア系外国人が増加している印象があるけれど、新大久保からはけっこう遠い。それでもここに通う。毎日、西日暮里から大塚に出勤し、仕事終わりに新大久保に来て、それから西日暮里に戻る。山手線を、行ったり来たり。 食事は決まって外食だ。牛丼屋ばかりなのだという。
「学生のときは『すき家』でアルバイトしてて、その頃からよく食べてた。深夜のワンオペはつらかったけど」 ときどきはカフェに集まる仲間たちとクラブに行くこともある。渋谷にはベトナム人に人気の店があるそうなのだ。それと新大久保には、ベトナム人をターゲットにしたカラオケ屋、カラオケを備えたレストランが増えつつある。 「たぶん4、5軒はあるんじゃないかなあ」 とはいえ、スマホをスピーカーとスクリーンにつなぎ、ユーチューブでベトナムの歌のカラオケバージョンを流すという即席のものだ。これが大人気なのだという。
■「かわいそうなベトナム人」という偏見 チャンさんの毎日は、けっこう充実しているのだ。「搾取されるかわいそうなベトナム人」というイメージは、彼らにはあてはまらない。 「いまの暮らしで困ることはほとんどない。楽しい」 そう目を輝かせる。誇張ではないように思った。家族と離れているのはちょっと寂しいけれど、フェイスブックで連絡はしてるから、まあ大丈夫。独身で彼女もいない代わりに、友達がたくさんいる……異国での自由を、身体いっぱいで楽しんでいる。新大久保は、彼らのように都内各所で生活しているベトナム人たちの集合場所でもあるのだ。
室橋 裕和 :ライター
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