2018年9月11日火曜日

多文化共生を探る: 海外にルーツを持つ子どもたちへの支援の現状

Source:https://headlines.yahoo.co.jp/article?a=20180827-00010000-nipponcom-soci
8/27(月) 、ヤフーニュースより
田中 宝紀
日本語指導が必要な子どもたちの数が増えている。だがその支援は自治体任せで、地域格差が大きい。「マイノリティー」の子どもたちに適切な教育を保障することが、来るべき「移民社会」に向けた第1歩だ。
ダブルリミテッド=日本語も母語も「中途半端」
私が関わる「YSCグローバル・スクール」は、NPO法人「青少年自立援助センター」が2010年より運営する海外にルーツを持つ子ども・若者のための専門教育支援事業だ。さまざまな背景の子どもたちを支援しているが、一例として5歳の時に母親と一緒に来日した日系ペルー人の3世、真由美(仮名)の話をしよう。来日後、公立の保育園を経て小学校に入学した彼女は、家庭では母語であるスペイン語で会話をし、自宅から一歩外へ出れば日本語を使うという生活だった。

通っていた小学校では日本語の支援体制がなく、特別なサポートは提供されなかった。日本語の会話はある程度できたが、勉強で使う日本語は読み書きが難しくて、すぐに周りの友達から後れを取るようになった。

高学年になると授業を聞いても大半が理解できなくなり、学校から足が遠のき始めた。次第に生活の中で日本語を使う時間が減ったことも影響しているのか、日常会話の日本語もスムーズにいかないことが増え、ますます学校に行きづらくなったと言う。

「あたし、違う。きのう、分からない。」

出会った頃の真由美は中学生になったばかりで、その日本語は、日本で6年間も学校に通ったとは思えないほど「ブロークン」だった。途切れ途切れに単語や短い文を紡ぐものの、本人の調子が悪いと何を言いたいのか見当がつかないほど、支離滅裂な日本語になることも少なくなかった。家庭の中で母親との会話に使っているスペイン語の方が「話す」力は育っていたが、母国の中学1年生には遠く及ばず、読み書きはほとんどできない状況だった。

当時の真由美のように、日本語の力も母語の力も年齢相応に育っていない状態を「バイリンガル」と対比し「ダブルリミテッド」と呼ぶ。ダブルリミテッドの状況に陥ると、抽象度の高い思考や会話がどちらの言葉でもできず、自分を表現することが困難になってしまう。

思春期の難しい年代に差し掛かり、アイデンティティーの悩みに直面した真由美は、文字通り言葉にならないストレスからか、その後は繁華街に出入りするようになり、結局中学校には卒業までほとんど通うことができなかった。その後、急きょ家庭の転居が決まったため数年間SNS上で生存確認だけはできるという状況が続き、気付いた時には一児の母となっていた。それから間もなくSNSの更新は止まり、今現在彼女がどうしているのか知る術はない。
自治体、地域により大きな支援格差
日本の公立学校(小、中、中等教育学校、高校、特別支援学校)に在籍する子どもの中で、日本語が分からず、勉強についていけない「日本語指導が必要な児童生徒」は2016年時点で全国に4万3000人以上いる。過去10年で1.6倍以上の増加だ。この数字は外国籍の子どもだけでなく日本国籍を持ちながら長年海外の親戚などに預けられて育つなど、日本語を母語としない子どもたちも含む。さらにこのうち1万人は学校で何の支援もなく、真由美のようなダブルリミテッド状態に陥るリスクを抱えている。

両親または保護者のどちらかが外国出身者である海外にルーツを持つ子どもたちへの対応は、現在のところ自治体に任されている。自治体が日本語学級を設置したり、NPOなどと連携して支援を行ったりしている地域がある一方で、日本語が分からない子どもが学校に1人または2人しかいないなど、子どもたちのために独自の予算や支援人材を確保しづらい状況にある「外国人散在(さんざい)地域」に暮らす子がいる。その割合は日本語指導が必要な子どもたちの半数を超えている。

外国人散在地域では、自治体が予算や支援者を確保しづらいだけでなく、学校外の市民団体やNPOなどによるサポートも不十分であることが少なくない。特に学校外支援の多くがボランティアに頼って運営されており、活動資金が十分に確保できなかったり、若い世代の新たな参加がないままボランティアたちが高齢化し、活動を縮小したり休止したりする事態も発生している。自治体や地域による支援の有無、質と量に大きな格差があることが積年の課題だ。
違いを認めて友人関係を築ける場
私たちが東京都福生市で運営する「YSCグローバル・スクール」(YSCGS)は、年間100名を超える子どもたちや若者に日本語教育、学習支援、就学・進学支援を行ってきた。彼らのルーツはフィリピン、中国、ペルー、ネパールなど30カ国以上に及ぶ。

東京都23区外全域に加え、隣接する埼玉県や神奈川県西部、さらには電車で片道2時間以上かかる千葉県からも、専門家による支援機会を求めてやって来る。これほど広範囲から集まるのは、それだけ海外にルーツを持つ子ども・若者の学びのニーズに応えられる場が少ないことの表れでもある。

その中には出身国の学校で優秀な成績を収め、英語、母語を含めて複数の言語を話せる子もいれば、日本に来る前にさまざまな理由からほとんど学校に通っていない、あるいは机に落ち着いて座るという段階からサポートが必要な子もいる。さまざまな異なるニーズを抱えているが、お互いの多様なバックグラウンドや年齢、国籍、宗教などの違いを超えて認め合う良い友人関係を築いている。ここでの出会いとつながりが、日本社会で生きてく上で大きな支えになっている。
支援体制がないことを理由に就学拒否も
子どもたちが日本社会の中で直面するのは、言葉や文化の壁だけではない。日本で生まれ育ち、日本以外の国には行ったことがなく、日本語しか話せない海外にルーツを持つ子どもであっても、肌の色やカタカナの名前、親が外国人であることなどがしばしば学校生活の中でいじめや差別の対象となり、生きづらさを感じている子も多い。

少し日本語を間違えれば「頭が悪い」。何か不満を口にすれば「国に帰れ」。「(肌の色が)汚い、うつる」と言われることですら、日本の中で多くの海外ルーツの子どもたちが経験する「あるある」となり、思春期にはアイデンティティーの確立に悩み苦しむ姿が見られる。

そんな子どもたちにとって、同じ境遇にあり、日本社会の「マイノリティー」同士が集まるYSCGSは唯一安心できる居場所であり、同じ思いを共有できる仲間との出会いの場ともなっている。「学校では友達はひとりもいなかった。ここに来たら、みんな同じって感じがするから楽」という声も聞いた。だが、当校のような支援機関にアクセスできる子どもたちの数は限られており、特に前述の外国人散在地域では、学校にも地域にも支援がなく、不登校となり自宅でひきこもっている、というような事例を耳にすることも多々ある。

また、自治体や学校に支援体制がないことを理由に、「日本語ができるようになってから学校へ来てください」と就学手続きをしてもらえないなど、事実上の就学拒否となり自宅にいるしかなかったという事例も存在する。

YSCグローバル・スクールでは、こうした外国人散在地域で暮らし支援へのアクセスがなく、日本語を学びたくても学べずに孤立してしまう子どもたちの課題解決を目指し、ICT(情報通信技術)を活用した遠隔地日本語教育プロジェクトを2016年11月からスタートさせた。福生市のYSCGSで行われる授業を全国各地の子どもたちに提供する。これまでに茨城、群馬、千葉、滋賀、山口などの散在地域や支援体制が不十分な地域に暮らす子どもたち約20名が利用。パソコンの画面を通して日本語学習や高校進学支援、仲間づくりをサポートしている。
「移民社会」到来―定住外国人や子どもたちの経験に学べ
政府は少子高齢化による人手不足に対する危機感から2018年6月に閣議決定された「経済財政運営と改革の基本方針」(「骨太の方針」)において、新たな外国人人材の活用を定め、日本社会は大きな転換点を迎えることになった。7月には「外国人材の受け入れ・共生に関する関係閣僚会議」の第1回が開催されるなど、政治は想像していた以上のスピードで動き始めている。

今後、日本が海外からの働き手をより多く必要とする状況にあることは間違いないが、当然のことながら、やって来るのは「労働者」である以前にひとりの人間であり、私たちと共に日本社会を構成する生活者だ。その子どもたちには適切な教育機会が保障され、医療や福祉へのアクセスが開かれ、保護者自身が安心して子育てや生活を営めるような環境であるべきだ。さもなければ、今後国家間の人材獲得競争が激化するといわれる中で、日本が移住先として選ばれることが難しくなるだろう。

もはや避けることのできない移民社会の到来を前に、私たちがいま取り組まなければならないことは何か。すでに日本で長く生活している250万人以上の定住外国人や海外にルーツを持つ子ども・若者たちの経験から学び、彼らの力を借りながら、より良い共生社会の構築に向けて適切な施策や地域づくりを進めることではないだろうか。

(2017年8月 記/バナー、本文中写真提供=YSCグローバル・スクール

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