2015年10月30日金曜日

「遠い国の話を自分がどう受け取るのかという主題」にきちんと向き合いたいと思って『王とサーカス』を書きました――米澤穂信(1)

Source: 本の話WEB 9月13日(日)、ヤフーニュースより
米澤穂信(よねざわほのぶ)

『氷菓』で第5回角川学園小説大賞ヤングミステリー&ホラー部門奨励賞を受賞し、デビュー。以来ミステリーを中心に活躍する。2004年に東京創元社から出した『さよなら妖精』が2005年版の「このミス」で国内部門20位となり、高く評価された。2011年『折れた竜骨』で日本推理作家協会賞を、2014年『満願』で山本周五郎賞を受賞。7月31日刊行の『王とサーカス』刊行。

――久々の長篇『王とサーカス』(2015年刊/東京創元社)が大変評判になっています。舞台がネパールなのが意外でしたが、なにより実際にあった事件を絡めながら、ものを「伝える」という、ご自身のお仕事に直接つながるテーマに正面から取り組んでいる点に驚き、感服しました。

米澤 東京創元社さんと、次はどういう長篇を出そうかという話はずっとしていました。その時に以前東京創元社さんから出した『さよなら妖精』(04年刊/のち創元推理文庫)は20代の時にしか書けなかった作品だから、30代になった今書けるものを書きましょう、という話になりました。

――『王とサーカス』は『さよなら妖精』の登場人物の一人、太刀洗万智が主人公なんですよね。『さよなら~』はユーゴスラヴィアから来たマーヤという少女と日本の高校生たちの交流が〈日常の謎〉を絡めて描かれ、マーヤの帰国後、彼女はどの地域から来たのかという謎解きが始まる。『王とサーカス』では、その時の高校生の一人だった太刀洗が28歳となり、新聞社を辞めてフリーのジャーナリストとしての一歩を踏み出している。たまたま事前取材で訪れたネパールの首都カトマンズで、王族の射殺事件に遭遇するわけです。なぜ太刀洗を主人公にしたのですか? 

米澤 『さよなら妖精』を書き終えた時から、すでに「このお話は終わりました」という気にはなれませんでした。ああいう出来事を経た彼ら彼女たちがどういう道を選んでいくのか、興味があったんだと思います。それで、これまでにも雑誌媒体に太刀洗が主人公の短篇シリーズを書いていたんです。今回、「知る」ということ、それと表裏一体の「伝える」ということをテーマに小説を書く時に、違和感なく主人公は太刀洗だろうと思いました。短篇シリーズをお読みいただいていないと、太刀洗が主人公であることは唐突に思われたかもしれませんね。

――「知る」「伝える」をテーマに選んだのはどうしてですか。

米澤 あとがきにも書いたのですが、以前私が書店員をしていた頃、人が亡くなったり、大きな悲劇があると「みんなこれに関する本を買いに来るぞ」ということで関連本の棚を作っていたんです。その時に思ったのが、誰かの哀しみに関する本を読んで「考えました」と言っても、その考えたことで誰かが少しでも救われるのか、ということ。特に関係ないというのであればそれはもう、悲劇を娯楽として楽しんでいる側面を否定できないのではないだろうか、という思いがどこかにありました。それで、一回、ちゃんと向き合いたいとは思っていました。

 では、どういう形で向き合うのか。「知る」ということに関してはもう、「知りたいから知るんだよ」以上の解答は出てこない。ではそれを「伝える」ことに関してはどうか。『さよなら妖精』の時も、ユーゴスラヴィアの紛争を題材に小説を書くということを無批判にやっていいものかという気持ちがありました。「そうすべきではない」と言うつもりはないのですが、これは自分の中で考え続けなければいけない宿題だと思っていました。それもあって、『王とサーカス』と『さよなら妖精』は登場人物が共通したんでしょうね。
『さよなら妖精』の主人公の守屋ではなく、太刀洗を主人公に選んだのはなぜ?
――だから献辞にマーヤの名前があるんですね。さて、今回の舞台は2001年という設定です。太刀洗が遭遇したのは、実際に起きた、王太子が国王である父親をはじめ9人を射殺したナラヤンヒティ王宮事件。ジャーナリストとして独自に調べようと行動を起こしたものの、極秘裏に取材した人物が翌日死体で発見されてしまう。なぜネパールのこの事件を選んだのでしょう。

米澤 遠い国の話を自分がどう受け取るのかという主題を考えると、そこから導かれる舞台として、読者と関係ないところを持ってこなければ意味がありませんでした。ナラヤンヒティ王宮事件については以前から知っていたので、主題に見合う舞台として選びました。

『さよなら妖精』の時は10代の子たちの話ですから、彼らがユーゴスラヴィアに行って大状況と繋がることは無理ですし、そこに行きたいと思うこと自体、若干の思い上がりでもある。でも今回、20代の大人である太刀洗にとっては、大状況に関わらないほうが怠慢に近い。それで、現地で外国の事件に遭遇するという話になりました。

――ネパールの街の様子も丁寧に書かれているし、2001年のインフラやネット環境なども、ああそうだったっけ、と思いました。いろいろ調べるのは大変だったのではないですか。

米澤 年鑑やデータ系の資料集めは妻が手伝ってくれまして、すごく助けられました。カトマンズには今行っても、当時とは街並みが大きく変わっているそうなので、実は取材旅行はしませんでした。それよりも当時の旅行記などの書籍、王宮事件の記事などを参考にしました。近過去を書く難しさも実感しました。当時はまだ気軽に海外にノートパソコンを持っていく人は少なかったんですね。そうした状況も確認していきました。

――第9章で、太刀洗が取材相手から「お前が書く記事は日本語だ。お前の記事は日本で読まれる。それが、この国となんの関係がある?」などと言われ、窮します。実はこの作品で最初に書かれたのは、この第9章の会話の部分だったそうですね。

米澤 そうです。レゲエの音楽が流れる陽気な喫茶店で(笑)、お話の端緒を探すつもりでリングノート4ページ分くらい、さらっと書いたんです。取っ掛かりに過ぎませんが、そこではじめて、この小説は出来上がるかもしれないと思いました……やはり最初は、このテーマを小説で書き切れるのか不安感はありましたので。

――その会話以降、太刀洗は記者としての自分と向き合うことになり、その迷いも丁寧に描かれます。また、本当のことが分かった時に、ある人物の悲痛な訴えがこちらの心に届いてくる。

米澤 太刀洗が第三者的に「誰かの物語」に関わる形の方が楽ではありますが、今回は太刀洗が挑んでいく話だから彼女自身のことを書くんだ、ということを意識しました。ミステリーの部分に関しては、これは謎が解けておしまい、という話ではありませんから、そこからさらに立ち上がるものを書きたいという思いがありました。

――やはりそこが胸に突き刺さりました。ところで、なぜ『さよなら妖精』の主人公の守屋ではなく、太刀洗を主人公に選んだのでしょうか。守屋君はその後どうなったのかなあと……。

米澤 太刀洗が『さよなら妖精』の探偵役だったからです。あれは最初に太刀洗が真相を看破して、物語の語り部たる守屋に真相に関するディレクションをするという、ちょっと変わったミステリーではあったんです。

 守屋は学究のほうに行くだろうな、という思いがありました。それこそ大学に残って研究をしているとか。自らペンとカメラを持って事件の場所に飛び込んでいくとなると、やはり太刀洗だと思います。

――その太刀洗の短篇はもう何本も書かれているわけですよね。

米澤 はい。それに書き下ろしを加えて、年内に『真実の10メートル手前』というタイトルの短篇集として、東京創元社から刊行する予定です。
中学生の時に車にぶつかるようにして綾辻行人の〈館〉シリーズに出合い、大きな衝撃を
――それにしても、本作でも国際問題から仏教などの知識まで、本当に幅広い教養をお持ちだなあ、と。どういう少年時代を過ごされたのですか。

米澤 スポーツ少年でしたよ。と言っても誰も信じてくれないですけれど。

――高校時代は弓道部でしたよね。なぜ弓道?

米澤 中学校の時はスポーツをやっていなかったので、高校に入った時に、みんな同じようなスタートラインから始められるスポーツがいいなと思ったんです。

――物語を作ることはもっと幼い頃から始めていますよね。

米澤 読むことよりも先に、書くことがあったんですよね。小学校の登下校の間や、帰ってきてからもずっとお話を考えていて、中学校の時にそれらが小説という形をとりうるんだ、と気づきました。中学、高校の時には明らかに、何らかの形でお話を作って生きていくんだろうなあと考えていましたね。それが果たして小説なのか、脚本なのか、どういう形を取るのかは分かりませんでしたが。

――小説はどのようなものを読みましたか。特に、ミステリーとの出合いは。

米澤 中学生の時に、まったく予備知識もなく、交通事故でドカンと車にぶつかるようにして綾辻行人の〈館〉シリーズ(『十角館の殺人』など/講談社文庫)に出合い、大きな衝撃を受けました。でもそこから新本格の読書が広がっていくわけではなくて、高校時代はあまり読んでいなかったんです。翻訳ものでクリスティーの『なぜ、エヴァンズに頼まなかったのか?』(田村隆一訳、ハヤカワ文庫クリスティー文庫)やハリー・クレッシングの『料理人』(一ノ瀬直二訳、ハヤカワ文庫NV)、マイケル・クライトンの『アンドロメダ病原体』(浅倉久志訳、ハヤカワ文庫NV)などは読んでいたんですが、ミステリーを体系的に読むことはしていませんでした。それをするようになったのは、大学に入って北村薫を読んでからになります。

――高校生の時にはすでに小説を書いていますよね。ポリスアクションでしたっけ。

米澤 その話をするのは、恥ずかしくなるので、忘れましょうよ……。

――なんでしたっけ、架空の国の話でしたよね。

米澤 ……。とある国で戦争があって、その国の兵士だけではとても戦いきれなくなった時に、余所の国から義勇兵たちがやってくる。で、その戦争には勝ったんだけれども、義勇兵たちが帰るに帰れないので治安が悪化するなかで、民間警備会社みたいなところに入っている主人公たちが義勇兵のテロ計画をつかむ。それがどうも、主人公と戦争の時に同じ小隊にいた人間がテロリストのリーダーらしい。で、その小隊というのは、戦争の終盤で主人公が銃を撃てなかったためにほぼ壊滅してしまっている。主人公はあの時撃てなかったがために壊滅した小隊の生き残りの戦友に向けて、銃を撃つことになる、というようなお話で。この最初の小説を書き終えた時には、目指すのは小説家なんだろうな、とはなんとなく思っていました。

――嫌々ながら早口で説明してくださってありがとうございます(笑)。ちゃんと物語ができているし、結末まで書き切ったのがすごいですよね。

米澤 書いている間はつまらないなと思いながら、でも書き上げなかったら何の意味もない、と思いながら最後まで書きました。

――え、書いている時、楽しくなかったんですか。それでなぜ小説家を目指す気になれたのでしょう。

米澤 今でも書いている最中はあんまり楽しくはないですよ(笑)。よく山登りに喩えるんです。準備している時はとても楽しい。でも登っている最中は暑いし、疲れるし、先は果てしないしでちっとも楽しくない。本当に汗だくになって「あと1歩だけ」と自分に言い聞かせながら歩いていって、山頂に着いて「やったー」となって、もう二度と山になんか来るものかと思いながら帰ってきたら、「次はどこの山に行こう」って考えている。あれによく似ているなと思っています。

――なるほどー。それで大学に入ってからも創作活動を続け、作品をネットに発表していたんですね。その頃はどういう話を書いていたんですか。

米澤 最初はショートショートでした。とにかく、いずれ物語を作る仕事に就くにあたって、考えたものを完成させなかったら意味がないと思ったので、毎日何でもいいからお話を考えて完成させようと思ったんです。1日1篇、3枚でも5枚でもいいからショートショートを書いて、一応仕上げる。発想を形にして「完」を打つ練習をしていました。

――その大学時代に北村薫作品に出合って、いわゆる〈日常の謎〉系を知ったんですよね。最初は〈円紫さんと私〉シリーズの『空飛ぶ馬』(創元推理文庫)でしょうか。

米澤 そうです。そこから東京創元社の〈日常の謎〉を書く日本人作家を柱に読んでいって、読書を広げていったという形になります。
北村薫さん以外に好きな作家3人は?
――他にはどんな方がお好きだったのでしょう。よく泡坂妻夫さんのお名前をおっしゃっている印象がありますが。

米澤 泡坂妻夫のことはあまりに言いすぎたので、最近言わないようにしているくらいです(笑)。はじめて読んだのは大学生の時ですね。深いんですよ。内容が奥深いとかメッセージが深いというのではなしに、著者の人生観と教養が深い。それがすごくミステリーを豊かにしているんですよね。「ああ、小説の豊かさというのはこういう形で現れるのか」と思わせる深い人生観がありつつも、それを表に出さない洒脱さにものすごく惹かれました。

――とりわけ好きな作品は。

米澤 『乱れからくり』(創元推理文庫)です。

 他にすぐ挙がるのは連城三紀彦。すごく好きで憧れて、あの文章を学び取れないかと思って研究してみたんですけれど、全然駄目でした。私は登場人物をわりとシルエットで発想してしまうんですけれど、連城先生は映画や舞台の人だからか、文章が非常に映像的なんですよね。自分とタイプが違うので真似しようと思ってできなかったと言うと「おこがましい」と言われそうですが。

 作品を挙げるとするとどう考えても『戻り川心中』(光文社文庫)になってしまうんですけれど、『宵待草夜情』(ハルキ文庫)にします。すごく好きな作品がいくつも入っているので。

 もう一人、すぐ浮かぶのは山田風太郎です。歴史的なものの見方、知識、洞察というものが小説を豊かにしていくところがものすごく好きでしたし、憧れていました。

 風太郎はたびたび「端倪すべからざる運命の落とし穴」という言葉を使うんです。体が弱くて戦争に行っていないことなどもあってか、ものすごく死生観が乾いている。でも皮相的じゃない。書き手が人生をどうとらえているのかは、陰に陽に、これだけ小説全体を支配するのだ、ということをつくづく思いました。

 好きな作品を挙げると、スタンダードになってしまうんですが、『警視庁草紙』(河出文庫ほか)。『明治断頭台』(角川文庫ほか)のほうが好きなんですが、『警視庁草紙』の、あの全員死に残り生き残った感じがするところが……。江戸が東京に代わるなか、江戸っ子であろうとする登場人物たちがいるけれども、彼らの個人的な思いを置き去りにして時代はどんどん明治になっていく。それと、いつも主人公に振り回される仙台出身のおマヌケな巡査がいるんですが、彼は戊辰戦争の時に子供を亡くしているんですよね。それでこれから西南戦争だとなって出動することとなった時、これで薩摩への恨みを晴らせると、それまでおくびにも出さなかった恨みが噴出する。あれは衝撃でした。

 他には辻真先先生ですね。小説、ミステリーって楽しいなとつくづく思いました。『天使の殺人』(創元推理文庫)、『ピーター・パンの殺人』(大和書房)……。やっぱり青春三部作が面白かったおぼえがあります。『仮題・中学殺人事件』、『盗作・高校殺人事件』、『改訂・受験殺人事件』(以上創元推理文庫)ですね。

――山田風太郎のように、ご自身が書くものにも自分の人生観が表れていると思いますか。

米澤 恩田陸さんの『三月は深き紅の淵を』(講談社文庫)のなかに、小説家本人というのは小説にとって、あってもなくてもいいものだという考え方が書かれてあったと思いますが、私はそちらのほうに強いシンパシーをおぼえます。私の小説を読んでくれるのはありがたいけれども、私自身はどうでもいいよね、とは思う。だけど、そうはいかない。日ごろ皮肉な物の見方をしていれば小説は皮肉になるし、人生が幸せで彩りに満ちたものだとなれば、小説はそういう風に潤色されていく。そう思っています。
高校生が主人公の「学園&日常の謎もの」の先駆け的な作品
――さて、学生時代の創作活動に話を戻します。ご自身でも〈日常の謎〉を書きはじめるわけですよね。

米澤 もともと自分の小説が理で書かれているなというのは思っていました。それでもって「日常の謎ミステリー」というものを書いてみると、すごく文章と合っている気がしたんです。書きやすかったというか、馴染んだ。それで「ああ、これか」と思った憶えがあります。

――ネットでの作品が読者投票で1位になったことがあると聞きました。

米澤 それが『氷菓』(01年刊/のち角川文庫)の原形なんです。もともとは大学生の話だったんですが、ネットに発表した時はもうすでに舞台を高校に変えてありました。

――在学中に『氷菓』で新人賞に応募し、卒業して書店に勤めている頃に受賞の知らせがくるわけですね。角川学園小説大賞に応募したのはどうしてですか。

米澤 これは結構あちこちで書いているんですが、本来は別の賞に投稿しようとしていたんです。その別の賞が12月31日消印有効くらいの締切だったんですね。ギリギリに仕上げてプリントアウトしようと思ったらトナーが切れていて、電気屋の人に聞いたら「日本アルプスを越えた先なら在庫がある」と言われ、とても買いに行けないなと思って(笑)。それで、その賞への投稿を諦めて、次に締切が近いミステリーの賞を探して、角川学園小説大賞に送りました。

――『氷菓』は無駄なことはしない省エネ主義の高校生、折木奉太郎が、学校周辺の謎に遭遇しては、毎回探偵役を担うことになる。米澤さんの〈日常の謎〉は、青春の生きづらさとミックスされているところに魅力がありますね。もともと青春小説も書いたことがあったと、以前インタビューでおっしゃっていましたが。

米澤 ああ、そんなことまでしゃべりましたか……!(笑) まあ、ちょっと痛々しい感じの青春小説を書いていまして。小説としてそういうものに憧れていたというよりも、常々思っていたことをそのままぶつけたような内容だったと思います。

――その常々思っていたことというのは。この『氷菓』に始まる〈古典部〉シリーズにも反映されていますか。

米澤 熱狂する時代の中で、その熱狂に与することができないがゆえに、多数派に圧殺されていく子たちの話であるところに、少し出ているかもしれません。

 このシリーズでは、自分の体験も書いています。文化祭でビデオ映画の脚本を書いて、「ここがおかしい」「あそこがおかしい」と言われて「じゃあおまえらが書けよ!」という気持ちを抑えていたこととか(笑)。

――最初からシリーズ化するつもりはなかったんですよね? 結果的に、高校生が主人公の「学園&日常の謎もの」の先駆け的な作品となりましたね。

米澤 結果的にそうなって、意外な気がしています。もっとも、たとえば山田風太郎の『青春探偵団』(ポプラ文庫ピュアフル)で、高校生が〈日常の謎〉っぽいことはやっていますね。当時はまだ〈日常の謎〉というジャンルはありませんでしたが……。〈古典部〉はシリーズ化しようと考えていたわけではないんですけれど、投稿して受賞するかどうか分からない段階から、彼らの2作目を書きはじめてはいました。

――あとがきで、先行するミステリー作品に触れることが多いですね。『愚者のエンドロール』(02年刊/のち角川文庫)ではバークリーの『毒入りチョコレート事件』(高橋泰邦訳、創元推理文庫)、『遠まわりする雛』(07年刊/のち角川文庫)ではハリイ・ケメルマンの『九マイルは遠すぎる』(永井淳・深町真理子訳、ハヤカワ・ミステリ文庫)など、『ふたりの距離の概算』(10年刊/のち角川文庫)ではマイクル・Z・リューインの『A型の女』(石田善彦訳、ハヤカワ・ミステリ文庫)など。ほかには、登場人物の名前が江波だったりとか(笑)、先行作品への敬意を感じます。

米澤 遅咲きだったとはいえやっぱりミステリーは大変好きなので、自分の小説がミステリーの楽しさを知る入口になってくれれば、という思いはあります。ミステリーの発想の幅広さにはずっと惹かれているので、こういうこともできるんだよ、ということを〈古典部〉シリーズをきっかけに知ってもらえたらいいですね。

――ちなみに、読者の方々からの質問でいちばん多かったのが、「古典部シリーズと小市民シリーズの続篇はいつ出るのでしょうか? わたし、気になります!」というものです。「わたし、気になります」は〈古典部〉シリーズの千反田さんのお約束の台詞です。

米澤 別に決め台詞にしようと思ったわけではなく、もうちょっと気の利いた言葉に変えるつもりだったんですけれど……(笑)。続篇はまた『野性時代』さんに書かせていただきたいなと思っています。次は短篇を書く予定です。それと中篇1篇を書いて、できれば来年中に本を出せたら……。

――お待ちしております。
聞き手:瀧井 朝世

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