Source:https://news.yahoo.co.jp/articles/856357b137625f8edc24441c7055c34fce9b2e38
タイ・ウドーンターニー(CNN) ウィタワット・クンウォンさん(30)は用心深く首筋に触れ、イスラエル南部で働いていた養鶏場で襲われた際に負った裂傷の跡を見せてくれた。 【映像】ガザ戦闘員、音楽フェス観客に至近距離で発砲 クンウォンさんによれば、傷を見ると痛ましい記憶がよみがえるという。先月7日、数千人のイスラム組織ハマスの戦闘員がイスラエルの国境警備を破って前代未聞の奇襲を仕掛けた際、クンウォンさんも恐怖とトラウマを味わった。 クンウォンさんが働いていた農場は、パレスチナ自治区ガザ地区に程近いホリツのキブツ(農業共同体)にあった。ロケット弾が頭上を飛び交う中、大きな爆発音が鳴り響いて黒煙が宙にもうもうと立ち込めるようすを、クンウォンさんは農場から生中継した。 その日、クンウォンさんは数時間身を潜めていたが、1人の男に見つかった。クンウォンさんの記憶によれば、男は民間人の服装をしたパレスチナ人で、「降伏を拒んだ」クンウォンさんの首を料理ナイフでかき切ろうとした。残忍な戦いが起きた。 襲撃者と激しくもみ合った後、クンウォンさんはのどの傷から激しく出血し、死んだものとみなされ置き去りにされた。最終的に別の出稼ぎ労働者に発見され、手当てを受けた。なんとか生き延びることができたのは、ナイフが破損して切れ味が鈍かったからだとクンウォンさんは考えている。 「相手は最後までやり遂げられなかった」とクンウォンさんはCNNに語り、「この傷は今でも痛むが、心に受けた傷の方がもっと深い」と続けた。 クンウォンさんの物語は戦争の人的被害をまざまざと示す痛ましい例だ。現在進行中の戦争はイスラエルとガザ双方で数千人の死者を出し、ハマスが実効支配するガザでは100万人以上が家を失った。 ハマスは先月の残忍な攻撃についてイスラエルを標的にしたものだとしている。だがハマスの戦闘員が殺害し、誘拐した人々の多くは外国人だ。 イスラエル政府広報室が先週発表した推計によると、25カ国の外国の旅券を保持する135人がガザ地区で人質に取られているとみられる。 殺害されたり誘拐されたりした大勢の外国人には、クンウォンさんのようにタイ、ネパール、フィリピンなどのアジア諸国からやってきた出稼ぎ労働者も含まれる。ハマスの戦闘員が襲撃した時、こうした労働者の多くはガザ地区付近の南部イスラエルで、無防備な状態で働いていた。 この数十年、イスラエルで働く移民労働者でとくに多いのがタイ人だ。 タイ政府が発表したデータによると、今回の戦争でこれまでに少なくとも32人のタイ人が死亡した。外国人死者の中でもとくに多い。 「イスラエル人であろうとタイ人であろうと、労働者は誰一人として戦闘の捨て駒になってはならない」。イスラエル北部のテルハイ大学で教壇に立ち、イスラエル農業の労働問題を長年研究するヤヘル・クルランダー氏はこう語る。 現地の支援グループとも連携するクルランダー氏によれば、イスラエルに残されたタイ人労働者の大多数は「完全に安全な状態」だが、故郷に残した家族を養うことが最優先であることには変わりがないという。出稼ぎ労働者は板挟みの状態だ。 「タイ政府は労働者にイスラエルから避難して出国するよう呼びかけているが、イスラエル側からも『あなた方が必要だ、残ってくれ、その分追加で金を払う』と圧力がかかっている」とクーランダー氏は言い、労働者には対価が支払われるべきだと付け加えた。 イスラエルで農業や建設業、医療に携わる出稼ぎ労働者にとって、戦争がすぐに収まる兆しはほとんどない。 激しい戦闘は連日続いている。ガザ地区の包囲と空爆が始まってから数週間が経過し、国連は同地区の「社会的秩序」が悪化の一途をたどっていると警鐘を鳴らしている。イスラエルはベンヤミン・ネタニヤフ首相が「戦争の第2段階」と呼ぶ地上作戦で、ガザ地区内に侵入した。 パレスチナの人々は一夜のうちにこれまででもっとも激しい集中爆撃を受け、空爆を逃れるため病院に駆けこんだ。通信網が断たれているため救命活動は支障をきたし、家族と連絡を取ることもできない。通信網の一部は先月29日午前に復旧したばかりだ。 境界のイスラエル側では、ハマスに襲われたキブツの多くで砲弾の音が鳴り響いている。今回は人口が密集したガザ地区に向けて発射された戦車や榴弾(りゅうだん)砲の音だ。
タイ人労働者にとっては「よくあること」と支援グループ
タイ政府はガザ地区にとらわれているタイ国民全員の解放を訴えている。CNNが入手したタイ当局のデータによると、タイ人の死者数はこれまでに少なくとも33人、先月26日の時点で18人が人質に取られている。 「タイ国民も含め、残る人質の一刻も早い釈放を改めて強く要請する」。タイのパーンプリー・パヒターヌコーン副首相はこう述べ、誘拐や殺害された人々の大半が出稼ぎに来ていた農業労働者で、「紛争とは何の関係もない」と付け加えた。 イスラエルで働く多くのタイ人労働者と同じく、クンウォンさんもタイ最貧地域のひとつウドーンターニーの出身だ。ここでの生活はバンコク市内で目にするエアコンの効いたショッピングモールや交通渋滞とは程遠い。仕事になかなかありつけず、賃金もはるかに低いため、大勢が職を求めて故郷からはるか遠くの場所に向かう。 CNNの取材に応じた労働者の家族によると、タイ人労働者はイスラエルでの戦争が起きているにもかかわらず、契約書に定められた5年間の最低勤務期間を守るよう圧力を受けているという。故郷の家族を養うために強いられる重い代償だ。 「農業労働者支援(AAW)」をはじめとする外国人出稼ぎ労働者の支援グループは、多くの労働者が経験している「過酷な状況」に触れ、イスラエルでは「よくあること」だと語った。 AAWのゾハ・シュワルツバーク氏によると、ハマスの奇襲が行われる前の月にあたる9月分の給料を受け取りたければ元の職場に戻るよう圧力をかけられている労働者の報告が増加しているという。 「農家や農業共同体が悩まされている人手不足の問題には同情するが、危険を感じる環境にとどまるよう強制されるようなことがあってはならない」とシュワルツバーグ氏は言う。救助便を連日運航するという在テルアビブ・タイ大使館の発表を受け、「非道徳的で違法な手段を使ってでも、タイ人労働者をこのまま働かせようとする圧力が高まる恐れがある」と同氏は続けた。 クンウォンさんは運よくイスラエルを出国し、ウドーンターニーで妻と娘に再会することができた。 別のタイ人労働者、マニー・ジラチャートさん(29)の家族はCNNの取材に応じ、いつか息子が安全に帰国してほしいという希望を繰り返し口にした。 マニーさんはイスラエル南部のガザ地区付近にある政府機関で清掃員として5年近く勤務していたが、ハマスの戦闘員に誘拐され、とらわれの身となった。 父親のチュンポーンさんはマニーさんの給料で建てることができた青い壁の家でCNNの取材に答え、涙ながらに訴えた。「言葉もない。息子に帰ってきてほしい。ただそれだけだ」
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