2019年6月11日火曜日

「特定技能」は日本のモノ作りを変えるのか

Source:https://headlines.yahoo.co.jp/article?a=20190610-00010001-wedge-soci
6/10(月)、ヤフーニュースより
 外国人材の受け入れを拡大する改正出入国管理法(入管法)が2019年4月に施行された。単純労働の分野へも門戸が開かれ、すでに外国人労働者が入り始めている。こうした外国人材は日本経済へいかなる影響を及ぼすのか。『移民解禁 受け入れ成功企業に学ぶ外国人材活用の鉄則』を上梓したジャーナリストの永井隆氏に外国人材がもたらす日本のモノ作り再興と経済発展の可能性を聞いた。

バブル期から経営者は人手不足を懸念
 永井氏はビール業界や自動車産業といった企業取材を通じて、長く日本経済界を取材してきた。その中で人事に関する書籍を10年に1度ほどのペースで出版している。「“人”は大きなテーマですべてに通じる。単純労働も開放して外国人を受け入れるのは、日本が閉塞感から抜ける一つの方向性」と、企業人事という方向性から外国人労働者をテーマに据えた。「バブルのころから人口が減ると言われていた。ダイエーの中内功さんも『人は減るから流通は大変』と言っていた」と人手不足は日本企業にとって長期的な問題であったと振り返る。本著は入管法が成立しようとする2018年11月から本格的に取材をはじめ、企業人事を取材するジャーナリストとして、まとめ上げた。
 著書では、自動車会社幹部や中小企業経営者、日本企業に外国人を紹介するブローカー、自治体担当者、すでに日本で働く外国人といった外国人労働にまつわる様々な現場への取材を通じて、外国人労働の実態や課題、日本経済へ寄与する可能性を探っている。「もちろん、議論不十分でスタートしている部分はある。外国人が入ることで、日本人の仕事が奪われるケースもある。それでも、うまく使った企業は競争力を持つことができる」と制度導入をプラスにとらえる。「インテルやヒューレットパッカードといったアメリカでうまく移民を活用した会社は残った。日本でも衝突は起こるだろうが、企業がどう使っていくかが問われていく」と話す。

外国人材を商品開発支える製造現場に
 新たに日本へ来た外国人が企業の人手不足を解消する手段になってしまうことを永井氏は懸念する。「外国人を戦力として使うことが重要。安く使おうとしてしまうと、やられる」と強調する。著書では、外国人労働者に熱視線を送る総合不動産管理会社や、多くの外国人を雇いペルー人社員を日本人への指導も担当する幹部候補生に出世させた自動車部品メーカーといった外国人材を戦力として活用する企業を取り上げる。総合不動産管理会社は東京オリンピック・パラリンピックで需要拡大が見込まれるホテルのベッドメイキングに外国人を担わせ、将来的に海外進出のキーマンとすることを狙う。そのため、すでに雇用する外国人社員には、教育と住環境を提供し、両親が来日した際にも食事会を開き満足度を上げている。自動車部品メーカーのペルー人社員は、派遣社員として金型を交換する工程で働いていたところから、真面目な働きぶりや能力を評価して正社員に登用した。このように、同メーカーは外国人だからと差別をせずに仕事機会を与え、外国人と一括りにしないで丹念にコミュニケーションをとることを重視してきた。外国人が問題なく働くまで10年以上かかったものの、職場で外国人と普通に接する日本人社員は国際感覚が豊かになり、海外展開しやすくなったという。

 また、南米日系人労働者の移住が進んだ群馬県東部の「太田・大泉」を現地取材。文化や生活習慣が違う外国人といかに生活していくか、日本語学級設置など模索している様子を示す。ただ、「共存はできるが、共生となると課題は多く、道半ば」と大泉町職員は会社員としての利益活動だけでなく、生活者として地域で暮らすことの難しさを指摘する。外国人材活用のカギは「日本語・日本文化教育体制をとれるかどうか」と語る。
今後、外国人材に期待されるのが日本のモノ作り活性化だ。「平成30年の間、先端分野のリチウムイオン電池や半導体、フラッシュメモリー、液晶、有機ELはすべて日本が一時は世界のトップを走っていた。けど、中国や韓国に抜かれてしまった」と永井氏は振り返る。その一つの要因が製造現場の支えがなかったことだった。「ものづくりは、研究開発と工場生産の両輪があって、成り立つ。日本の電気がだめになったのは、研究開発だけ国内に残してアジアに工場を移したこと。研究開発分野が工場とやり取りせずに、机の上やパソコンだけで商品を考え、ポイントがずれた」と解説する。

 韓国は海外各国の生活習慣を見て仕様を変えてきた。自宅に招いた客人に家電を見せる中国で派手な洗濯機、メイドのつまみ食いが問題となっているインドで鍵の付いた冷蔵庫、イスラム教徒の多い中東でメッカの位置を知らせる磁石が付いた携帯電話などと、マーケティング現場の意見を吸い上げた商品開発をして、販路開拓に成功しているという。永井氏は日本企業に、こうした現場との密なコミュニケーションを取れる環境整備を求める。「そのためには、開発や生産の現場を支える人材として外国人が有効になる」と話す。

 ただ、著書では、「特定技能」の従事する職務が細分化され過ぎていることを問題としている。「例えば、電子機器組み立ての仕事だと、その分野のみしかできず、金型のメンテナンスや機械の修理といった付帯する周辺業務をやってはいけないことになっている。コツコツ積み上げ、組み立ての仕事はできるようになるかもしれないが、周辺業務ができてこそ一人前になる」と話す。今後、いかに制度運用されていくかが問われてくる。
アジア版「おしん」から日本版スティーブ・ジョブズへ
 日本が外国人材の門戸を広げても、産業構造をガラッと変える高度人材がすぐに日本へ来る訳ではない。「優秀な人材はアメリカのシリコンバレーや中国へ行く。日本の企業で働いたとしても、すぐに離れて、世界へ職場を求めたり起業したりしてしまう」と永井氏は語る。

 今回の入管法では、「特定技能」が同じ分野ならば転職することが可能となった。転職できることによって、長時間労働や低賃金といった劣悪な労働環境から新たな職場を選べるようになる。外国人労働者はより良い待遇や特定技能2号の資格を得ようと、必死に努力を重ねる。「アジアの貧しい家庭の人が人生の成功を得ようとやってくる。いわばNHKの朝ドラマ『おしん』のアジア版。ドラマのおしんは、新しく会社を創業した。今後、外国人が長く日本で勤める中で、会社を興し、日本人を雇うようなことになるかもしれない」と永井氏は期待する。

 また、現在、世界経済をけん引するGAFA(グーグル、アマゾン、フェイスブック、アップル)の創業者がみな移民系だったことにふれ「勤勉に働く外国人材が蓄財し、子どもに高い教育を施せば、子どもが大人になった時に日本の技術力アップに貢献してくれるかもしれない。日本のスティーブ・ジョブズになるかもしれない」と可能性を語る。日本が持つ高い技術力のベースに外国人材の二世や三世という異才が加わりイノベーションを起こすことも考えられるという。著書では、外国人社員を本格的に採用するようになった外食企業がラーメン店の店長を中国人、副店長をインドネシア人、主任をネパール人とし、オリジナルメニューの開発や独自の店舗改装といった新たなサービス提供を実現した事例も紹介されている。

 「理想を言えば、日本のモノ作り再興を及ぼしてくれること。そして、何十年か経ち、『転換点だったのは、令和の時代となり、外国人材の取入れを拡大した2019年だったね』と、おちれば最高ですね」と話す。
吉田哲 (Wedge編集部員)

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